第一章 発症~その瞬間は突然訪れた~急性期治療
2015年12月中旬
ズズズ、ドーン。ドスッ。
『痛ててぇ』
私は、大型バスの荷物入れから、誰かのスーツケースを取り出していて、気付くとアスファルトの上に転倒していた。
数人の若者が慌てて駆け寄ってくれ、「大丈夫ですか?」と言ってくれたが、
「あぁ大丈夫。これ、誰のスーツケースかな? もう遅いから気を付けて帰ってね」
と答えた。しかし何度立とうとしても立てなかったので、座り込んだまま若者達を見送った。それは仕事で遠方で行われた研修に若者達を引率し、無事に地元に到着した時だった。
飛行機の出発が1時間遅れたことで、到着時間が大幅に遅れ、疲れはあったものの、全員が無事に帰って来ることができたことに、安堵していた。
若者は皆いなくなり大型バスも去った後、立とうとしたが立てなかった。
『さすがに疲れたのかな?』
と思いながら、足元を見ると靴紐がほどけていたので、靴紐を結ぼうとした。なぜか、左右の手が交差した状態になった。何度も結ぼうとしたが、手は自分の意思と違う動きをする。
亡き父の病気を見ていた経験から、『脳に異変が起きた』と瞬時に判断できた。
「大丈夫ですか? スタバ行きましょうよ!」
同僚の女性Kさんが笑顔で声を掛けてくれる。
『あぁ、帰って来たらスタバに行こうって話してたな』
そう思いながら座り込んだまま、
「救急車呼んでくれる?」
「え? どうしたんですか?」
私は左手でピストルのようなしぐさで、
「脳に来たみたい」
と、微かな笑顔で答えた。Kさんは携帯を持ち、走ってその場を離れた。座り込んで見上げた頭上には、街中の冬の夜空が広がっていた。上司も職場から来てくれた。
ほどなく、救急車が到着。私の意識はまだあった。救急隊員が、
「どうされましたか?」
と言ったので、症状を伝える前に、
「○○病院に行ってください!」
と何度も頼んだ。これまでの知識と経験上、運ばれる病院ですべてが決まる……そう思っていたからだ。
幸いにもその病院は倒れた場所から見える所にあり、左手の人さし指で、その方向を指さし懇願した。