階段練習
リハビリ室のフラットな床は、療法士に見守っていただきながら、杖を使ってゆっくりと歩くことができるようになっていた。一時帰宅を控えていたこともあり、階段練習を行うことに。
リハビリ室には練習用の小さな階段があった。手摺がついており、階段は2、3段だ。片方は段差が低く、もう一方は若干、段差が高い。
「階段ですが、行きはよいよい、帰りはこわい、と覚えてくださいね」
「通りゃんせ、の歌ですか?」
「歌はそうですね。階段を上る時は麻痺していない左足から、降りる時は麻痺している右足から、を覚えてもらいたいので」
「はい、分かりました」
手摺がついていて3段の階段、療法士もついてくださっているが、最初は怖かった。
ただ、上りは意外とすぐにできた。降りる方が恐怖だった。
麻痺している足を先に動かすことの恐怖だ。
なぜ、麻痺している足を先に降ろさなければならないのか……
何回か練習していると、答えに気付いた。
降りる時に麻痺している足からというのは不安に感じるが、麻痺していない左足が、しっかりと地に足をつけ安定を保っている。
不安定な右足に、左足が、
『自分が後ろにいるので大丈夫ですよ』
と言っているようだった。
そして上りは、左足が力強く一歩踏み出し、
『先に上がりますから、安心してついて来てください』
と自信を持って、右足に言っている。
何度も練習していく中で、両足のコンビネーションは向上していった。
一時帰宅前に階段練習ができたことは、大変ありがたかった。
それは、自宅の私の部屋が2階にあったからだ。
階段練習は、その後のリハビリでも頻繁に行った。リハビリ室の小さな階段から、病院内の手摺付き階段でも行うようになった。
練習中に他の患者とすれ違う。皆さん懸命に階段の昇降に取り組まれていた。
『みんな頑張っている。自分も頑張ろう』
練習は地道だ。
練習の積み重ねが回復への近道だ。
その確信を持ちながら、震える右足をコントロールしていた。