ロック解除
実は、アッキーとひまりは必死の思いで、手紙を渡した日以降もアッキーママのお見舞いのために何度も病院に行っていた。
そのことさえ、アッキーママ本人には誰も知らせてはくれなかった。アッキーとひまりをアッキーママと会わせる事は、辛い『うつ』を深くさせるだけなのだ。
しかし、『躁状態』が無くなり普通のアッキーママになると個室からは追い出される。次の患者が空室になるのを待っているのだ。
普段の明るいアッキーママは時が経てばまた『うつ』が容赦なく襲う。そんな時はみんな賑やかな大部屋に移動しているのだ。
静かにしていて欲しいアッキーママなのに同室の患者は、楽しそうに売店で買ってきたポテトチップスを仲良く食べたりしていた。人それぞれ、病名が違うのだ。治療法も薬も違うのだ。
仕方のないことだがアッキーママは真面目に、いや明るく希望をもって入院してきたのだ。アッキーパパの愛に包まれ、アッキーとひまりに再び会う為に。元気になって再び会う為だけに。
アッキーママは、七〇七号室の特別室でつまらなくて、つまらなくて、たまらなかった。誰も話す人がいない。ルームサービスは都内の夜景が煌めく高層ビルの光を感じながら、食事をする事に意味があるのだ。
窓もない、ただの耐火金庫のような閉塞感、そして最初に感じた七〇七号室の部屋の広いスペースはもう六畳一間のようで、酸欠状態にでもなりそうだった。
ルームサービスに来てくれるナース達はまったく無言で食事を運び、そしてまた、何も話さないどころか無視しているかのように食事を下げに来た。話しかけても何も返事が返ってこない。
大滝ナースでさえ笑顔を見せてくれるだけで、さっさっと七〇七号室をあとにした。誰とも会話をしていない。みんなで楽しくレストラン・菜でご飯を食べたい、シアター・ドリームで午後ドラを見たい、スパ・バルーンでゆっくりと湯船につかりさっぱりしたい。そしてお風呂から出たら、レモンスカッシュなんか飲みたい。
そんな小さな夢も叶うこと無く時間が、いや日々が過ぎていた。
診察の時にも七〇七号室へドクターは診察にやって来た。大脱走した患者が以前いたそうだ。アッキーママはそんな事をしないに決まっているのに、常夏ハワイアンズのお約束ごとはかなり細かく厳しかった。
『躁状態』で拘束されない、手足を縛られていないだけアッキーママは幸せなのだと悟る境地にあった。地獄と言うのでは申し訳ないが、鉄格子のない監獄のようにも感じているアッキーママであった。
こんなに元気になって嬉しいのに、その元気を風船の中にでも押し込まれて何処へも飛べないでいた。常夏ハワイアンズのシステム、いや掟はあまりにも厳しく辛いものであった。
アッキーママが七〇七号室にいる時、田畑さんのオカリナ演奏会が始まろうとしていた。アッキーママはオカリナ演奏会を聴くことが出来ない。出来る訳が無い。七〇七号室は厳重に二重ロックがかかっているのだ。
そもそもレストラン・菜でオカリナ演奏会が行われる事など知る由もなかった。つまらない七〇七号室で『躁状態』が収まるのを待っていた。