ロック解除

レストラン・菜で、こじんまりとだが立派なオカリナ演奏会を行いたいと思っているのは前歯一本と田畑さんだけでなく、大滝ナースもそうだった。前歯一本はオカリナ演奏会を開催することを事前に大滝ナースに相談していたが、大滝ナースはドクターに許可を得ていなかった。大滝ナースの独断なのだ。ドクターに申し入れ、もしダメと言われれば、もうオカリナ演奏会を開催することはできなくなる。すべてが大滝ナースの計らいであった。

並べられた椅子に少しずつ患者が座り始めた。その中で二列目にひまりの後ろ姿があるのを、アッキーママは素早く見つけた。そして、その横にはアッキー、アッキーパパの後ろ姿もあった。

さあ、オカリナ演奏会の始まりである。

前歯一本は歌い始めた。患者、いや観客も一緒にぽつり、ぽつりとだが歌い始めた。

あるこう あるこう わたしはげんき

あるくの だいすき どんどんいこう

さかみち トンネル くさっぱら

いっぽんばしに でこぼこじゃりみち

くものすくぐって くだりみち

前歯一本も案外といい声をしている。次はいよいよ田畑さんのオカリナ演奏のハーモニーである。緊張しまくりで前に出て来た田畑さんは、オカリナを持つ手が震えて止まらない。

オカリナを口もとに持っていくのだが、息を吹き込めない。すると、後ろの席から、

あるこう あるこう わたしはげんき

あるこう あるこう わたしはげんき

何度も、ワンフレーズを怒鳴るかのように勇ましい声を出して歌う人がいた。それは紛れもない大滝ナースであった。皆が振り返った。アッキーとひまりも振り返った。アッキーとアッキーママの視点が合う。そして、ひまりとアッキーママの視点が真っ直ぐに合った。そこには笑顔もない、驚きもない、会話もない。待ち焦がれていたのだが何の動揺もなかった。一番後ろに座っていた意味がわかったからだった。

田畑さんは、大滝ナースの勇ましい声に押されるように、見事に吹き終わった。田畑さんは、ぐったりとしながらも、どこかほっとして嬉しそうである。すると、アッキーが、アンコール、アンコール、アンコールと手を頭の上まで持ち上げて叫ぶではないか。ひまりは一番後ろにいるアッキーママの目を一瞬振り返って見た。そうしてから、アッキーと同じようにアンコールの声と手を振った。アンコールは何度も、レストラン・菜に鳴り響いていた。