花咲合宿

蝉しぐれの音色が美しく奏でる頃には、アッキー、ひまり、キーコ、浩司が仲良し四人組となった。それぞれ四人の感情というか、恋とか、愛とかは解らないが、心の天秤は小刻みに揺れながらも平衡を保とうとしていた。アッキーはひまりが好き。そしてキーコはアッキーが好き。ただこれだけなのだが天秤は片方に大きく傾いたり、揺らいだり、忙しそうな時もあり、それなのに平衡のまま、ちっとも動かなかったり。

青春のキュンとした物語がこれから賑やかに始まろうとしているのだった。

ある日、キーコがアッキー、ひまり、浩司の三人を教室の後ろの掃除ロッカー近くに呼び寄せた。

「今度の土曜日、みんなで家に泊まりに来ない? うちのお父さん、お寿司屋さんなの。友達みんなを呼んでいいよって。家でお寿司パーティーしようよ」

「本当に行ってもいいのか?」

やっぱりいちばん先にくらいつくように聞いてきたのは浩司だった。

「いいの、いいの。お父さんから言ってくれたんだもの。お寿司食べ放題だってさ」

「いいね、いいね~俺、絶対に行く」

浩司がいちばん乗り気でヤッホーとガッツポーズなんかとっている。まぐろにいか、たこ、えび、うに、いくら、みんな食べ放題なのかと聞くと、今にも、よだれが出そうに頭の中で想像を膨らませている浩司である。

「その代わり花咲団地だから狭いよ~。みんな雑魚寝だからね。今度の土曜日、津田沼駅に四時集合よ。パジャマだけ持って来てね」

言うだけのことを言うとキーコはテニスの部活へさっさと行ってしまった。アッキーの返事もひまりの返事も聞かずに、キーコは瞬く間に消えていってしまったのだった。

アッキーはせっかくキーコが誘ってくれたのだから、みんなで楽しくお寿司パーティーに行こうと決めて、ひまりの方を見るとずっとうつむいたままである。下を向いたまま教室の床をジッと見ていた。そして、急に顔を上げると、

「私、行かない」

ひまりは小さな声だが凛とした声ではっきりと言ったのだ。

「なんでだよ、一緒に行こうぜ、せっかく誘ってくれたんだからさ」

浩司が懸命にひまりを誘った。確かにキーコはアッキーの事が大好きである。教室ではみな口にこそしないが誰が見てもわかるのだった。そして、また、アッキーはひまりの事が大好きなのである。これもはっきりとした事実であった。

浩司があたふたと困っているところに、アッキーは口を挟むように語りかけた。アッキーは少しだけかがんでひまりとの目線を合わせる様にすると、

「いやなのか? 行こうよ、一緒にさ、行こうよ」

それでもひまりは口をへの字に曲げて何も返事をしなかった。もう一度アッキーは、

「一緒に行こうよ。俺がついているよ、なっ」

ひまりは無言のままだが、次第に顔の頬がほんのりと赤くなり、こくんと頷いた。アッキーの『俺がついているよ』の言葉をしっかりと聞いてしまった浩司はこんな時どうしていいか解らず口笛を吹きながら廊下に出たのだった。ひまりだって、キーコがアッキーの事を大好きなのはわかっている。アッキーはひまりのどこがいいのだろうと思ってしまうのだった。

キーコの方が勉強も出来る、可愛い、明るい、スポーツも万能なのにどうしてだろう、神様は意地悪である。アッキーとキーコはお似合いに見える。少なくともキーコはひまりを好んでいないはずである。しかし、ひまりは芯の強いところも持ち合わせている。やっぱり、やっぱり、アッキーとキーコが二人で楽しそうにするのは嫌だった。どうしても嫌だとひまりは思ったのである。