さぁと言うか、やっと待ち焦がれた土曜日がやって来た。津田沼駅に四時の約束に初めに着いたのは、あんなに嫌がっていたひまりだった。それがものすごい出で立ちなのである。赤いリュックサックの中には大きな枕、右手にはこれまた手提げ鞄からウサギのぬいぐるみだろうか、そんな物まで持って来ていた。そのウサギのぬいぐるみの耳が可愛らしくちょこんと出ていた。少しするとアッキーがやって来たがひまりの出で立ちに呆れるしかなかった。

そのアッキーのすぐ後、最後に浩司がやって来たが肩に小さなショルダーバッグしかかけていない。パジャマなんか必要ないさ、このまま寝るからと言っている。

ひまりと浩司を比べるとアルプス山脈登山隊と、ただの散歩人のようであった。

まさかこれから、ひまりの淡い恋心が変わり、そして、浩司の電撃的な出会いと未来、キーコの深い落胆と絶望が始まるとは知るよしもなかった。

それぞれの荷物と、そしてそれぞれの笑顔を持ってキーコの住む花咲団地にやって来た。

津田沼駅から花咲団地までごとごとと、みんなはバスに揺られて停留所までやって来た。

まず始めにアッキーが降り立った。キーコはこの日をどんな想いで待ち焦がれていただろうか、キーコは熱い胸の内を誰にも言えずに抱えていたのだ。アッキーの陽に焼けた顔を見るなりキーコの心臓は超特急で動き出したのだ。すぐに浩司が顔を出した。

「おっす。今日はよろしくな。お世話になりま~す」

浩司はキーコの顔をみて挨拶をした。純粋にお寿司パーティーだけを楽しみにしているのは浩司だけなのである。

「こちらこそよろしくね」

アッキーに見せた笑顔の百分の一で挨拶するキーコであった。最後にバスから降りたひまりを見てキーコはお腹を抱えて笑い出したではないか。無理もない、アッキーも浩司も同じ気持ちだった。キーコがあまりにも大笑いしたのでひまりはみるみるうちに涙があふれ出し、持っていた手提げ鞄のウサギのぬいぐるみを胸に抱えて、座り込んでしまった。

キーコはごめんね、ごめんねを繰り返して謝るのだが泣き虫なひまりは、しゃがみ込んだまま、涙はダムでもあるかのように放流している。そこで、アッキーがひと言、

「ひまり、いい加減にしろよな。キーコが困っているだろ」

一瞬、四人の時は止まった。蝉の声や公園で遊ぶ小さな子供達のはしゃぐ声も車の急ブレーキの音もすべて消えた。

ひまりは立ち上がり、涙でぐちゃぐちゃの自分の顔を恥ずかしそうにしていたら、アッキーはバッグからハンドタオルをひょいとひまりに渡すと無言で歩き始めた。するとそのすぐ後ろを浩司が縦列駐車のように歩き始めた。ひまりはそのまま立ち尽くしている。

「ごめんね」

キーコは心からの叫びのように、少しきついがそれでも複雑なアッキーへの想いを心でかみ砕いてひまりに謝ったのだった。

縦列駐車の二人の後をちょっぴりだけ離れたが、ひまりとキーコは急ぐようにして歩き出した。キーコは無言のまま半分奪うようにして、ひまりの手提げ鞄のウサギのぬいぐるみを持ってあげたのだった。キーコの心の中の何かがはじけ、ひまりの心の中の何かが膨らみ始めたその時、夕焼けがやけに眩しく見えた二人だった。
 

恋して悩んで、⼤⼈と⼦どもの境界線で揺れる⽇々。双極性障害の⺟を持つ少年の⽢く切ない⻘春⼩説。