山口県 廃屋満タン 二〇一六年五月
オムライスが好き。
ラーメン屋だろうが、寿司屋だろうが、料亭だってメニューにオムライスの文字があれば、躊躇なく注文し、感謝の祈り(誰に?)を捧げずにはいられないのだ。
ゴールデン・ウィークの麗らかに晴れたある日、女房と山口県美祢市に出かけた。秋芳洞と湯ノ口温泉を楽しもうとの魂胆である。
ランチは事前に、オムライスが人気の地元の洋食屋情報を仕入れておいた。車で快調に秋芳洞を目指す。途中、県道沿いに食堂らしき廃屋が視界に入ってきた。
見渡す限り田畑や雑木林に囲まれていれば、廃業もやむなしか。と、廃屋を通り過ぎる瞬間、廃屋の中にぼんやりと人影を確認。
何だと!! 慌てて振り返る、「●●●屋」と看板に書かれている。
読み取れない。営業しているのか。あぁ、気になる。気になって仕方がない。いったいどんなモノを食べさせるのだ、この食堂は。
急遽、ランチの予定を洋食屋から、廃屋食堂(取り急ぎ命名した)に変更したことを女房に告げる。言葉を失くす女房。初めて訪れる秋芳洞。
日本一巨大な鍾乳洞内の一㎞に及ぶ観光道を歩く。幅十五mの地底川が轟轟と流れ異世界へと誘う。天井の鍾乳石は、まるで降り注ぐ五月雨。
屹立する高さ十五mの石柱は黄金に輝き、水を湛えた棚田と見紛う皿状石灰石の丘陵は幻想的である。ジュール・ヴェルヌの冒険譚にも劣らない体験だ。
しかし、「それが?」となってしまう。なにせ、廃屋食堂を見た後だけに。頭の中は、廃屋食堂のことで一杯。
「とりあえず、廃屋食堂、生で」
と注文したい心境だ。午前十一時頃、湯ノ口温泉のホテルへ。フロントに三十人くらいの行列が出来ている。
そんなに、ここの温泉は人気なのか。いや違う、レストランの予約の行列みたいだ。なになに、シェフの気まぐれフレンチ・バイキングだと。ランチの待ち時間二時間。
「そんなもん食べる暇があったら、廃屋食堂に行ってこーい」
と心の中で叫ぶ。温泉に浸かるのも、もどかしい。脱衣場でフルーツ牛乳を腰に手を当てて飲むだけで済まそうかと訳の分からないことを考えたりする。
もしかして、廃屋食堂は幻だったのでは、との不安が頭を掠める。うわの空で、入浴を済ませ、一路廃屋食堂へ。
なんと、駐車場に軽運送のトラックとワゴン車が止まっている。営業していたのか!
朽ちかけた看板の屋号も、ほぼ消えて判読不能。「好奇心は猫を殺す」。