物騒な諺が一瞬頭に浮かんだが「推して参る!」と意を決して入店。照明は点けておらず、窓からの自然光だけのため薄暗い店内。
カウンター席には、二組の客。作業着の男性と小学生の男の子がいる家族連れだ。静かにうどんを食べている。うどんを啜る音が、店内の静寂をより深くしている。
見かけない顔が入店したためか、店内の空気が一瞬硬くなったように感じた。厨房は、腰が九十度曲がった老婆と四十五度曲がった老婆の二人。
あの人影は、この老婆のいずれかだったのか。テーブル席に陣取り、メニューを見る。
うどんが三種類にカレーがあるだけ。ここは手堅く、カレーを注文。テーブル席の後ろにアイスクリーム用冷凍庫が。どんなアイスを売っているのかと中を覗く。
霜を売っていると思えるほど、霜が溢れんばかりに、いや霜が氷河となって冷凍庫を占拠している。氷河の裂け目から、かろうじて「モナ王」が凍死しているのを確認できた。
アイスクリーム殺しの冷凍庫。カレーを待つ間、カウンターにゆで卵を発見。ゆで卵を取って、テーブルに戻るまで、男の子が、僕のことをじっと見ている。
「田舎の子は、都会人が珍しいのかねぇ」
と言うと、女房は
「ズボンのファスナーが開いているからよ」。
温泉からファスナーを全開にしたままだったのだ。よほど、気が急いていたのか。女房も気が付いていたのなら早く注意してほしい。
少年よ、都会人はこのようにファッションは自由奔放だ。僕のことをキャプテン・フリーダムとでも呼びなさい。でも、学校では真似してはダメだよ。
九十度の老婆が、摺り足でカレーを持ってくる。スピード・スケートなら完璧なフォームだ。もしかして、経験者?
カレーは具が見当たらない。煮込みすぎて、肉も野菜も溶けてしまったのか。それとも、最初から具は入ってなかったのか。具の捜索願を検討せねば。
朽ち果てんとする店内の様子をオカズにカレーを完食した。帰る前にトイレに行く。
トイレは店に隣接しているが、店内からは行かれず、一旦店外に出てから入るしかない。