家庭教師
いつ降りだしたのか、雨が庭の草木を濡らす音がしめやかに聞こえた。
そう言えば、いまは梅雨時だから雨が降るのは当たり前だ。しかし、今夜の雨は取り分け、悲しそうだった。雨にも、意思があるのだろうか。
それから五日後、大塚夫人は、都内の日大病院に入院した。さらに五日後に手術することになった。入院の日には、彩さんの強い要望で、僕も病院までタクシーで彼女たちに付き添った。病院に着いたとき、彩さんが僕に、
「ね、あんた悪いけど、この荷物、持って!」
とお願いした。それを見た夫人が、
「彩、そんな言い方、失礼でしょ! あなたの先生なのよ!」
と注意した。
「それじゃ、何て呼べばいいの?」
「決まってるでしょ! 松本先生とか先生でしょ」
「わかったよ、そう言うよ」
僕は、こんなときに些細なことでいさかいになるのは嫌だったので、
「あの、お母さん、大丈夫ですよ。いつもは、ちゃんと先生って言ってますから」
と、その場をうまくしのいだ。彩さんは、夫人がいないときに、
「ありがとう、先生?」
と笑った。