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邂逅─緋色を背景にする女の肖像
「本当に慌ただしい出発だった。いつでもフィレンツェに帰ればすぐ仕事ができるように、彼のアトリエはそのままの形で残しておいた。彼らは、ほんの身の回りのものだけ携えて出発してしまったんだ。アンナさんはポルトガルの出身とはいえ、ポルトは故郷とは別の場所だからね、そこに知り合いがいるわけでもなさそうだった。恐らく彼女自身にとっても初めての街だろう。なぜ、故郷に戻らなかったのかな?」
「アンナさんの故郷をご存じなのですか?」
「詳しいことは知らんが、何でもファーロの西に位置するアルブフェイラという最南端の漁村らしいよ」
「ポルトは歴史のある大都市だ。でもなぜかリスボンにだけは住みたくないようだった」
「私も先日行ってきたばかりですが、ポルトは文化的な分野でも意識の高い街です」
「でも昔はそれがもっと顕著だった。私は彼らがポルトに引っ越ししてから、一度だけ新しい住まいを訪ねたことがあった。ドウロ川と大西洋がぶつかる所に、フォス城という昔の要塞と灯台があってね、海の見えるなかなか綺麗なところだよ。彼らの住まいは、その要塞の隣にあるパセイオ・アレグレ庭園に面していて、瀟洒な一軒家だった」
「フォス城? それは私の泊まったホテルの近くだわ。地図を見ていて良く覚えていますわ。フェラーラさんがそんな近くに住んでいたなんて……」
エリザベスが驚いたように声を漏らした。しかしそれを聞いた宗像はそれとは別のことに思い当たったのだった。一度しか訪れたことのない場所を、これほどスラスラとそらんじたコジモにある疑いを抱いたのだった。