シアター・ドリーム
今度は五階に降り立った。
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エレベーターの扉が開いた瞬間、ここはどこなんだろうとアッキーママは軽い立ちくらみさえ覚えた。自然の爽やかな空気とはまるで違う宇宙空間がそこにはあるのだった。
明るくも暗くもないが電球色のオレンジ色に近い光はアッキーママの後ろに影を作っている。怖さはないが小さな子供が来るようなところではない気がした。
アッキーママはなんだかとても息苦しくなってきた。それなのにまわりの人達はとても楽し気で笑っている人もいるではないか。
すぐに、アッキーママは隣にいる前歯一本に尋ねた。
「こ、こ、ここは何ですか~?」
「おう、おう、そんな質問が出ると予想はしていたがまさにその通りだったな。ここはな、シアター・ドリームだよ。早く言えば映画館だよ。でも、昔、むかしの二本立てなんてないさ。三つの扉があるだろう。そこが入口だよ。毎日、三つの部屋でなんか、かんか上映しているよ。俺の好きなエロイのは無くてさぁ、残念なんだよな」
「やだっ~」
「そうだよな、ここは病院だからな、ホスピタルだよな、当たり前だよ。でも、朝ドラはないが午後ドラはあるぞ。病院の午後の時間は果てしなく長くてな。面会がなけりゃ暇で暇でしょうがない。
ドクターの許可が出てる人は『精神科デイケア』にも出かける人がいるよ。病院から外出して、『デイケア』で一日を過ごすんだよ。看護師、作業療法士、臨床心理士もいてスタッフもみんな優しいぞ」
「『デイケア』では、何をして過ごしているのですか?」
「ゆっくりして何にもしなくてもいいんだが。俺は今、ストラップを作っている途中だ。迷惑ばかりかけている俺のおふくろにあげるんだ。双極性で仕事もできない俺にとにかく優しいんだ。
おふくろが死んだらこの世は終わりだと考えちまうよ。今さら結婚なんて無理だろうしな」
アッキーママは、アッキーパパがいてアッキーがいる。そして娘のように恋しく思うひまりがいる。なんだかアッキーママは小さくなって、前歯一本の気持ちに寄り添ってあげることしか出来なかった。