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もう随分と、自分の幼い日のことを人に話すことをやめてきたはずだった。

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「それは、どんなことだったの?」

彼は私の話に耳を傾けている。

「毎晩、夜中に帰って来て、大きなお椀いっぱいの水を持って下りるんです。声が聞こえるベランダのあるほうに。そして、その水を道路に撒いて帰って来る。お椀いっぱいをまき終わると、後ろを振り向かずに家に戻るんです。どんな物音や気配がしても、決して振り向かないように言われたといって。そして、母はそれを2ヶ月間続けました」

「2ヶ月。なかなかの時間だ」

「はい。私は2ヶ月、自分の部屋に入らずに、母と一緒にテレビの部屋で眠りました。やがて、声は、聞こえなくなった」

私は大きく息をついた。その頃のことが鮮明に蘇る。毎晩夜が来るのが怖くて、母が帰って来るまで、兄が自分の部屋に行くことも嫌がった。

私のいるリビングで、勉強も、趣味のギターも弾いてほしいと言った。一人になりたくなかった。兄は私を面倒くさそうに見たけれど、それを嫌だとは言わず、できるだけ私のそばにいてくれた。兄は

「僕には全く何も、聞こえないよ」

と言った。