借りた本を開いてみても、彼の店で読んだときみたいには、言葉が入ってはこなかった。すぐに私はすべてを諦めて、結局彼のことを考えた。
何故彼は、私を食事に誘ったのか。それは、とても嬉しい出来事だったのに、戸惑ってもいた。
誰かを食事に誘ったりすることが彼の日常によくあることなのかが気になったからだ。一見して彼がモテるだろうことはわかる。
きっと今までに、かなりの女性が彼に好意を寄せたはずだ。スマートで、丁寧に接客をして、あの目で見つめられると、きっと結構な人が彼との距離が近くならないかと思うはずだ。
そんな中で彼が声をかければきっと、みんな私と同じように舞い上がり、彼との食事の時間を楽しみにするのではないか。彼が誘えば、断る理由は見つからないような気がした。そんな機会が一体今までにどれくらいあったのか。
私には、人たらしだということはわかっても、出会ったばかりの彼がどのような女性関係を持ってきたかまでは、まったく想像がつかなかった。
過去は誰にでもある。その過去の出来事のひとつでもかけていたら、今日のこの出会いさえもない。
だから、彼が誰に会い、近い距離で、どれだけ愛し合ったとしても、その過去に感謝こそすれ、嫌な気持ちを持つなんて子どもじみたことを、私が考えるなんて。本当に変だ。
そんな自分に辟易しながら彼と会える時間を待つ。とにかく少なくとも私は、彼に誘われたことをとても嬉しく思い、即座に、予定はなく、夜は空いていると答えたのだから。