駐輪場に自転車を預け、地下の駅に通じる階段の入り口で沢波と別れた。階段を踏みしめても痛みは気にならない。重い荷物は変わらないが、気分はずいぶん軽くなった。数分電車を待ち、乗り込むときにはもう何事もなかったように歩くことができた。
(なんだか不思議な人だな)
自宅の私の部屋で、手当してもらった足をじっくりと見てみる。ついさっきのことだから彼の動きまで鮮明に思い出すことができる。ドラッグストアの灯りの下で、通行人がちらりちらりと視線を向ける。
そんな中で優しく声をかけてくれながら、すばやく手を動かしていた。なのに絆創膏のしわ一つなく、とても丁寧な仕上がりだ。
(のんびりしてる感じなのにな)
大きな絆創膏の上から彼が手のひらをピタッと当てると、じーっと温かくなってきて痛みが引いていく。思い出すだけで、まるで可愛い女の子のように頬が熱を帯びてくる。
自転車置き場で助けてもらってからは終始彼のペースだった。過去の自分を思うと不思議な体験だ。というのも、どんなときでも自分が引っ張っていくことこそあれ、こうして人に付いて行くようなことはなかったからだ。
それも私からはひと言も言わずに。今落ち着いて振り返っても不満一つなく、感謝しかない。感謝されるんじゃなくて、私が彼に感謝しているんだ……。ホント不思議。
「ありがとう、嬉しかった」って感謝するのも、いい気分だ。ただ髪なんか跳ねていて、ちょっとでいいから梳かしてくれば見られるようになるのに、とまるで関係ないダメ出しをする自分もいる。
(明日、絶対お礼をしよう!)
思い返すとまた頬が緩んできた。なんだか恥ずかしくもなってくる。もう一度絆創膏をさすってからすっぽりと頭まで布団に潜り込んだ。
※本記事は、2020年11月刊行の書籍『桜舞う春に、きみと歩く』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
★邪気指数、新陳代謝指数、正気指数
漢方の立場で見た、主人公沢波俊樹の体調を示します。本来、漢方にはこんな指数はありませんが、これに近いことをもっと細かく考えながら対処します。これらの変化は人によって異なります。
●邪気指数
体の中に溜まった不要なもの(邪気)の量を示す指数です。邪気は誰の体の中にもあります。食事の質や偏り、嗜好品、食べる時間などで変化しやすく、新陳代謝指数が下がり排出が悪くなることでも上昇します。邪気がかゆみの元にもなることがあります。ここでは50~150を正常範囲とします。150を超えると体調を崩しやすくなります。ただし、正気指数が高い方は、邪気指数が高くなっても体調を維持することができます。
●新陳代謝指数
体の中の、良い物(正気)、悪い物(邪気)がどれだけスムーズに動いているかを示す指数です。通常人が生きていく中で、良い物(新)を取り入れて、いらないもの(陳)を排出しています。それがスムーズに動いていること(代謝)が大切です。飲食の消化吸収、大小便での排出、血流、発汗などトータルの指数とします。運動不足やストレスなどで低下します。ここでは70~100を正常範囲とします。新陳代謝指数が下がると邪気指数が上がりやすくなり、下がっているときには正気指数も下がっていることが多くなります。
●正気指
数
体の元気(エネルギー≒正気)の指数です。バランスの良い飲食で満たされ、ほど良い休息をとることで作られます。逆にストレスや過労で低下します。正気が少なくなると、体のだるさや意欲の低下がみられ、免疫をコントロールする力が弱り、かゆみを抑えられなくなり、症状が悪化します。ここでは70~100を正常範囲とします。正気指数が高いと新陳代謝指数は上がりやすく、邪気指数が少々高くても生活に支障はありません。