春の出会い(邪気:90 代謝:80 正気:80)
校舎の窓から光が漏れる少し明るい場所へ荷物を先に出し、自転車を後から押して出た。最初からこうしていたらよかったんだ。服の汚れを指摘されたけれど、どうでもいい気分になっていた。
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でもせめてひと言お礼くらいと思ったときに、「ケガしてるやん」と先に声をかけられた。ちょっと痛むなとは思っていたが、ガウチョパンツの裾を持ち上げると長く斜めに切れていた。
彼が気にしてくれるので大丈夫と答えたものの、流れるほどの出血には慣れていなくて、気分が悪くなってくる。
「もう帰るんよね? ずっと自転車?」
私を心配する声が続く。
「自転車は駅まで。あとは電車」
彼は荷物をさっと持ち、「自転車乗れる?」と訊いてきた。弾かれたように頷いた後は、言われるがままに動いていた。彼はいつもよりゆっくりとした私の速度に合わせて自転車を走らせてくれる。
私が前で、彼が後ろ。まるで自転車に乗り始めたばかりの子供の付き添いのようだ。気になってチラッと後ろを向くと、「なに?」と首を傾げた。駅前に着くと、
「ちょっと待っててくれる?」
と言うが早いか、明るいドラッグストアに飛び込んでいった。学校ではそんなにフットワークが軽い感じはしないのに。店の前のベンチに座って待っていると、わずかの時間で飛び出してきた。それも待たせて悪かったと言わんばかりの顔をして。
「化膿したらいかんからよかったら手当するけど」
その手にはいくつか薬が入っているビニール袋が下げられている。さっきから頭が回らないのと、心臓の鼓動と同調するズクズクとした痛みもあり、「ごめん、お願い……」と返事した。
「ちょっとピリッとするよ」とか要所で優しく声をかけてくれながら、手際よく手当していく。病院の看護師さんでも学校の保健室の先生でもないのに、なんでこんなのに手慣れているんだろう? そんなことを考えながら、彼の動きを見ていた。
絆創膏を貼り、最後にそっと手を当ててくれた。その手がとても温かい。傷が保護されると痛みが和らいでくるような気がする。手当をしてもらったと思うと気持ちも落ち着いてくる。なんだか本当に良くなっているようだった。
「ちょっとましになった?」
うん、やっぱり痛くなくなってきているよ。私は小さく頷いた。それからようやく状況を判断する頭が働いた。
「あ、薬代、いくらだった?」
「ああ、どうせ買おうと思ってたもんやからいいよ」
はあ? どういうこと? 助けてくれて、手当してくれて、薬代もいらないって? かなり押し問答はしたが、どうしても受け取ってもらえなかった。