何かあったのか尋ねても「ううん、なんでもない。心配しないで」、と答えるのでそれ以上詮索もできなかった。それから二、三日すると沙希から話があった。
「父が風邪をこじらせて寝込んだらしいの。母一人で大変みたいだから少しの間、家に帰ってもいいかしら」
平静を装ってはいるが、瞳の奥からは深刻さが窺える。
「もちろんだよ。かなりひどいの?」
「ううん、それほどでもないと思う。でも、風邪がうつるかもしれないから雫は連れていけないわ」
お受験を控えたこの時期に、雫に風邪をひかすわけにはいかない。
「大丈夫だよ。雫はちゃんと面倒を見るから、お父さんが良くなるまで看病してあげて。こんなときくらいは役に立つよ」
「お願いします」
雫が生まれてから、沙希のいない二人きりの生活は初めてだった。料理はたまに作ることもあるので問題はないだろう。
こまごまとした身の回りの世話が少し心配だが、沙希が万全なメモを残してくれたのでこれも問題はなさそうだ。幼児教室の必要教材は雫自ら手慣れた様子で揃えた。
親のひいき目とは思うが、聡い娘(こ)だ。幸いなことに風呂はまだ恥ずかしがらずに入ってくれるので、これも問題はない。それより何より、自分にはたっぷりと時間があることが強みだった。