「公立は『オワコン』だ」なんて言わせない! 教育現場にはびこる不信、あきらめ、無関心。そして現場を無視した制度改革――。 社会が目指すべき学校教育とは? 現役教師が解説していきます。

いじめ編~子どもの幸せを破壊する学校の中の戦争~

私の現場の感覚では、人間といってもやはり動物なので、「こいつは自分よりも弱い」と思われてしまえば、畜生根性で徹底的にいじめられてしまうということがあるのです。いじめられている子を心まで卑屈にしてはいけません。

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場合によっては立ち向かうことでパッと終わってしまういじめもあります。悪いことをしているのではないのだから、自分を大切に、毅然として生きる道もあります。

また、いじめっ子に話をするにも真剣です。なぜなら人をいじめるような子が、将来幸せになるはずがないからです。人の悪口を言って笑っている顔がどれだけ醜いか、自分と相手の心をどれだけ深く傷つけているのかを、教えなくてはいけません。

いじめという行為自体が「悪」なのです。その悪を、野放しにすれば勝手によくなるというものでもなく、むしろ増長していきます。だから「悪」とは徹底的に戦っていくのです。

そして、この「悪」を正していく中で、「善」を子どもたちに示していくことができれば、「悪」すら「善」に変えていけます。それが、現場の教師の腕前です。全国の教師の「いじめをなくそう!」という大宣言を、全国の子どもたちが待っています。

そしていじめっ子もまた、可愛い教え子であるということを忘れてはいけません。いじめという行為は「悪」ですが、根本的に悪い子どもなんて一人もいません。いじめに走ってしまうのは、世の中を見て真似をしていたり、受け取る愛が足りていなかったり、その子もまた、追い詰められたりしている可能性もあります(とはいってもいじめ行為は許されません)。

本人が心から、「人をいじめていることは悪いことだ」と思えば、いじめていた子に優しくできるように変わることがあるからです。人をいじめていた子が、相手の立場に立って考えたり、自分が孤立するようになったり、いじめられている子の親の想いにふれたりする中で、いじめられっ子を守る子に変わったのを、実際に何人も見てきました。