「アキレス」の航海は無事故無違反だった

そのような私の長い海との付き合いの中で自慢できる事が一つある。それは我々の頻繁な出航回数にも拘らず、下田沖での漂流・曳航と、初島での他艇とそのクルーの人命救助事件こそあったが、只の一度も自艇の船舶事故が無かった事である。それを成し得たのはシーガルの仲間の操船・航海技術と、海の男としてのマナーが確立していた事にあったように思っている。

部門の違いこそあれ、我々は同じ職場の社員である。社内からはその顔の黒さから異端児とみられていたが、私が仲間に常に言い聞かせていた戒めは

一に人後に落ちず仕事ができる事、

二に酒の席に仕事の話を持ち込まぬ事、

三に海の掟を守る事

の、ごく当たり前の三点だけであったが、「板子一枚下は地獄」と言われる厳しい海の世界で仲間の操船技術とマナーに磨きがかかっていったのは元々選ばれて入社した資質の高い彼等であれば当然の事であったように思われる。愛艇に乗って知る様々な海の事象に対する驚き、未知なる海域を航行する時の胸の高鳴り、そしてたどり着いた時の安堵と喜び。艇と運命を共にした彼らは陸に上がっても未だ忘れ得ぬ海の仲間たちである。