【前回の記事を読む】すずらん通りの名物居酒屋!おかみが昔ながらの流儀にこだわるワケ

第三章 東京

一 味とめ

(三)マレーシアの客

海外駐在や出張の多い現役の後輩を含め、かつての海の仲間が集まる「三茶の奥座敷」であったが来日する当社のお客様の接待の場所ともなっていた。

ある日、事業の一つである「アクアボーイ」のマレーシアの客三人が当社を訪れた際、訪問時間が夕刻であったので会食に誘うと受けてくれた。事前にレストランの好みを聞くと居酒屋が良いと言う。昔と違って日本の居酒屋は海外でも知られるようになったものだと感心しながらその典型的な「三茶の奥座敷」に招待した。

三人とも華僑系マレーシア人と聞いていたので肉や酒に問題ないのはわかっていたが問題は内一人が女性であったことだ。結婚したばかりと言っていたが会ってみると若い大変な美女であった。それを知った私はハタと困惑してしまった。大勢で座れる席は座敷しかない、つまりあぐらの問題であった。

おばちゃんに事情を説明して奥の手、つまり二階の仏間から法事用の分厚い座布団を降ろして重ねて座って貰うことにしたが客は最初、店の中を覗いただけで入ってこない。

やはりあぐらの問題か、はたまた余りにも雑然として薄汚い店の雰囲気のせいかと心配して外に出てみると三人とも煙草をふかしている。私はパイプ党であり、店でもパイプをふかしていたのでそれを見せてOKだと言うと三人は喜び勇んで店に入り宴会が始まった。

イスラム系の人の酒と肉については、私は三十年ほど前、当時過激な赤軍が出没していたマレーシアの北、タイ国境までセメントメーカーにアテンドして石灰山の現地サーベイに行ったことがあったが、その時案内してくれた役人は皆イスラム系マレーシア人で一緒に飲む機会は無くまた、その厳しい戒律があることもよく聞かされていた。

しかし、今日の三人はどのような料理でも問題は無く、次々に出される味とめ特製の料理に皆驚き宴会は大いに盛り上がった。その夜、私はイタリアの工場に重要な電話をしなければならなかったので客には、早めに酔って貰いお開きにしようと考え、取って置きの獺祭を注文した。

するとそのフルーティーな旨さに更に盛り上がってしまった。そして皆、この酒は何だと聞く。私は咄嗟に英語が出ず面倒なので瓶毎持ってきて貰いラベルを示すと何と内の一人が字を見て、拝むように両手を合わせ体をクネクネさせるではないか。