「おまえは、なんだ」

「はっ、本日より、この翊坤宮(よくこんきゅう)でお仕えすることになりました、春吉(チュンジー)と申します」

「ふうむ、顔をあげい」

おそるおそる、上体をおこした。

「おぼえておこう。端嬪(たんぴん)!」

「はい」

「めしは、食ったか」

「いえ…この者たちは、まだですので、食事をさせてやってくださいませんか」

「よかろう」

皇上は、両手をひろげて、細腰を抱き寄せた。

「政務中も、しばしば、そなたのことが思い出されたぞ」

「そんな…おしごとは、ちゃんとしていただかないと」

「はっはは、心配は無用だ。朕には、皇祖の霊がついておる。ところで、昼間は、なにをしていた?」

「皇太后さまによばれて、仁寿宮(じんじゅきゅう)にお邪魔しておりました」

「ほう…何か、たのみごとをされなかったか?」

「えっ…?」

「なに、こっちの話だ。だが、伯母上(張<チャン>太后は、皇上からみれば、伯母にあたる)の言うことは、話はんぶんに聞いておくがよいぞ。それから、汝らは、もう下がってよい」

皇上は、散れとばかりに、手を振った。

退室したものの、皇上がいらっしゃるのに、自室にもどって一息つくような宦官はいない。控えの間で、駄熊太(ドゥオシュンタイ)師父は、てきぱきと指示を下した。

「牛順廉(ニウシュンリエン)は、下がれ」  

えっ。牛順廉(ニウシュンリエン)は、仕事をしなくていいのか。

「春吉(チュンジー)、おまえは、ここで待て。お呼びがかかったら、すぐさま参上して、ご用をうかがうのだ。行動は、迅速にせねばならぬ。ときには、入口に立って、わが配下のようすをうかがえ。よほど火急の事態をのぞき、翌朝まで、なんぴとたりとも、この翊坤宮(よくこんきゅう)に入れてはならぬ」