宮中での配属先が決まり、曹端嬪(ツァオたんぴん)付きとなった王暢(ワンチャン)。そこでの日々は刺激的でもあり、個性的な面々との出会いでもあった…。

(3)

「ところで、アンタ、帳簿をつけたことはあるか」

「え……はい、商売をやっておりましたので……」

「そうか。そんなら、おれのかわりにつけてくれ。ほら、これだ」

はじめの方こそ細かい字で収支がかいてあるが、途中からだんだん粗雑になり、最近はほとんど白紙である。

「たのんだぞ、宦官長」

牛(ニウ)さんは言った。

「ちょ、ちょっと待ってください。帳簿といえば、この宮の財布も同然ではありませんか。来たばかりの新人が、そんな大切なものをあずかっていいのでしょうか?」

「ほかに、人がいない。おれは、計算ができないからな」

いっこうに、気にするようすもなかった。

こうして私は、翊坤宮(よくこんきゅう)の会計係をも引き受けることになったのである。機密を秘匿し、指いっぽんさわらせなかった漁門とは、えらいちがいだ。

「次は、食事の作法だ。主子様が食べているあいだは、たとえ、おすそ分けにあずかろうとも、すわることはできない。立ったまま、おし戴くんだ。それに先だって、やることがある。いまから尚膳監(しょうぜんかん)に行く。アンタも来い」

腰を浮かしかけたときである。駄熊太(ドゥオシュンタイ)師父が、従者を連れて、やって来た。

「おお、ここにいたか、牛順廉(ニウシュンリエン)。春吉(チュンジー)もいっしょか」

もう、私の宮中名を知っている。

「まもなく、ここに、万歳爺(ワンスイイエ)(皇帝)がいらっしゃる」

「まさか?」