自身の出生に隠された真実を知るために、ある絵を追い続けているエリザベスと、それをサポートする日本人写真家・宗像。イギリスの高名な美術評論家・アンドレに会えることとなった宗像は、ロンドンのホテルでその老紳士と対面するのだった…。
今の時代に共鳴する何かをな……再び感じるんだ
「それほどの美しさですか?」
「君! 絵を見ているんだろ? あの美しさだよ。ロイドの会長、エドワードと言うのだがね、何しろ彼は男どもがみな彼女に関心を持つのが不愉快そうでね。少しは控えろ、遠慮しろと口うるさかった。そういえばフェラーラの奥さん、可哀相に、旦那がポルトで亡くなってしまって。で、それ以来行方不明らしい。今ごろどこでどうしているのやら」
「お子さんは?」
「お嬢さんが一人いたんだが、私は一度も会ったことがなかった。表彰式などにも連れてこなかったしな」
「お嬢さんはお一人だったのですか?」
「そう、間違いなく一人だよ。で何か? だが、確か、お父さんと同じ頃に、やはり海で亡くなってしまった。だから奥さんも家族的には恵まれなかったんだ」
「ところでフェラーラの絵ですが、六十年代の後半にはかなり評判になったようですね。でもその後ひっそりと忘れ去られた存在になってしまった。アンドレさん、三十年ぶりにご覧になったフェラーラの絵はいかがでしたか? この時代になって」
「おい君、最後のセリフ、誘導尋問じゃあないかね? 昨晩、絵は改めてじっくりと見させてもらったよ。それで……」
「それで……?」
「それがな、どうも不思議なんだ。何か予感がする……」
「予感? どのような?」
「今の時代に共鳴する何かをな……再び感じるんだ」
「再び評価されるということですか?」
「まだそこまで断定はできないがね、臭うんだよ……何かの兆しがな」
宗像はロンドンであの絵を初めて見たときの印象と、いま聞いたアンドレのそれとが極めて類似した感覚だと思った。フェラーラが再び復活しそうだとは面白い。それだけでも今日アンドレに会った価値があるということか。