自身の出生に隠された真実を知るために、ある絵を追い続けているエリザベスと、それをサポートする日本人写真家・宗像。イギリスの高名な美術評論家・アンドレに会えることとなった宗像は、ロンドンのホテルでその老紳士と対面するのだった…。
フェラーラは私が最初に見つけて世に出した画家だ。
宗像は名刺を手渡し、簡単な自己紹介をして着席した。アンドレは射るような鋭い目をこちらに向けながら口火を切った。
「エリザベスさんからぜひにと頼まれましてね。ところであなたとはどのようなご関係ですかな?」
幾分警戒心の漂う探る目つきである。
その質問は予め想定していたかのように、宗像は口を滑らかに動かして作り話をした。
「はい、ワシントンでお目にかかりました。四年ほど前のことですが、日本大使館主催のレセプション・パーティーでした」
「そうですか? ワシントンでね……。それで、今日のご用件はどんなことでしたかな?」
「はい、最近のことですが、ロンドンである絵に出合いまして、その絵と画家に大変興味を持ったものですから……。ピエトロ・フェラーラという画家です。ロイド出版から一九七〇年に発行されたフェラーラの画集を拝見しましたが、巻頭で、ミッシェル・アンドレさん、あなたが大変素晴らしい評論を書いていらっしゃる。フェラーラさんは既に亡くなられておりますし、この画家について詳しく知る方法が見つかりません。ですから、エリザベスさんを通じてアンドレ先生をご紹介いただいたようなわけなのです」
「そういうことですか……。昨日エリザベスさんからお電話を頂き、その名前を聞くと懐かしさが込み上げてきましてね。何しろもう古い話ですからな。実は昨晩、お話の画集を求めて、私は書庫をあちこち探し回ってしまいましたよ、アッハッハ。だからフェラーラは私にとって、もはやそれだけ記憶の薄い画家になってしまったということですかな」