県の上層部は私の意見を採用しなかった。

I社はすでに2回グループを組んで、2回補助金を受領していた。復旧はほとんど完了していたと思われる。ところが、新分野進出の補助金が新設されることを知って、これは使えると思ったのではないか。

つまり、経年劣化、たんなる老朽化による通常の車両の買替更新はグループ補助金の対象にはならない。しかし、「新分野」を使えばそれが可能になる。そう考えて「被災したものが実はもう一つありました」という申し出に至ったのではないか、私はそう考えた。というよりは〝邪推した〟というべきかもしれない。

県の上層部は私の意見を採用しなかった。

第一の理由、「所有していなかったことを確認できない」では、却下の理由にならない、所有していなかったという証拠を県が明確に示さなければならないというのだ。「挙証責任」はI社ではなく県にあるらしかった。「所有していた」ことを示すのは容易だが、「所有していなかった」ことを示すのは難しい。第二の理由、「被災したとは考えにくい」も理由にはならない。別の場所の地下タンクが被害を受けなかったから、すべての地下タンクは被害を受けないとは断定できない。

第三の理由は問題外である。役人たる者がそんなことを言ってはいけない。もちろん、私にもそれぐらいはわかるし、それを表だって言うつもりはない。しかし、私のなかでは、口に出して言えない第三の理由が最も大きかったのだ。

こんなことを考えるのは役人として失格なのだが、とにかくI社は交付決定を受けた。申告が虚偽であると断定できなければ却下はできない。いろいろ難癖をつければ、それは「被災者に寄り添っていない」と非難されるのだ。私は県で仕事をするようになってから、周囲の人たちが、これは補助対象にならないなどとやっきになって補助金を減額しようとしていることに気がついた。それで私はおりに触れて「私たちの仕事は補助金をいかに削るかではなくて、どうすれば補助金を出せるかを考えることだ」と言っていた。

あとでわかったのだが、私の言ったことはかなり問題があるようだった。私のようにただひたすら「顧客志向」を唱えていたような人間にはなかなか理解しがたいのだが、役所では「こうすればもっと補助金がもらえますよ」と事業者に言ってはいけないらしいのだ。

実際、他の県で、そのようなアドバイスをして処分された人がいると聞いた。それはともかく、このI社の件については、ふだん私が言っていることと逆のことを言ったものだから、「あれ、庄司さんらしくない発言ですね」とひやかされ、私は撤退せざるをえなかった。I社の件については、私は自分の担当ではなかったし、これ以上口を挟むのは断念した。