自身の出生に隠された真実を知るために、ある絵を追い続けているエリザベス。奇しくもポルトガルで彼女と出会い、その追跡劇に加勢することになった宗像(むなかた)は、ロンドン在住の美術評論家である友人・心地に協力を要請する…。
A・ハウエルという画家について調べてもらいたい。早急に!
「やあ、宗像か? 今どこだ?」
「ポルトから百キロほど南のコインブラという街だ。実は今、ロイド財団のエリザベス・ヴォーンさんと一緒なんだ」
「冗談言うな! ……本当か? エドワード・ヴォーン会長のお嬢さんか? どうしてお前なんかと?」
受話器の向こうで驚く心地の様子が手にとれるようだった。
「小説より奇なりだ。長くなるから、それはまたの機会にでも話そう。いや、話しても信じてもらえないかもな……。それより、電話をかけたのはお前にまた頼みがあるんだ」
「俺でできることか?」
「実はポルトに来て、ロドア画廊というところで偶然不思議な絵を見つけたのさ」
「また絵を見始めたのか? ロドアなら良く知っているよ。確かポルトで一番大きい画廊だ」
「さすがだな。その絵というのが、ラファエル前派を彷彿とするような女性の肖像画で一九九九年の制作だ。フェラーラの絵に極めて似ているんだが、サインがない。それに背景が赤ではなく、こちらは青色だよ。まさか、まだ生きていて偽名で絵を描いていると考えるのも変だし……。
それと、海と山と街を描いた三枚の風景画の方は二〇〇〇年の製作だ。画風はフェラーラ風だが、シュルレアリスム的な影響もある。だが、こちらにはA・ハウエルとサインがある。これまでフェラーラは風景画など一枚も描かなかったしな。それでだ、頼み事というのは、このA・ハウエルという画家について調べてもらいたいのだ」
「おいおい、俺は警察ではないぞ。A・ハウエルというだけでは、どこの国の画家かも分からないではないか。それに、男か女かも分からん。そんなこと全く無理だ!」