そんなに急いているなんて、お前、もう病気だな。
「無理を承知でそこを何とかする方法はないか? まずは、ポルトガルと英国だ。それと……フランス、イタリア……。加えてロシアとかは? ラファエル前派に興味があった者か、それと関係する位置にいた者とか。何々会、何々派、何々協会などに登録している画家達を網羅している名鑑を調べるとか。有名美術学校の卒業者とかはどうだ?」
「おいおい、宗像、いったいどうしたんだ? 冷静ないつものお前らしくないぞ。該当する画家が何人出てくるかも分からん話だ。数十人か、それとも数百人になるかもしれん。それに、たとえリスト・アップできたとしても、どうやって連絡をつけるのだ? 本人をどう確認するのだ? 名簿などには一切出ていない孤高の画家かもしれんし、偽名の可能性もある。気の遠くなるような話で、無駄骨は自明の理だぞ!」
「分かって頼んでいる。一生の頼みだ」
「そんなに急いているなんて、お前、もう病気だな。うーん困った。しかし……仕方ない、駄目元でひとつやってみるか。ナショナル・ギャラリーのモーニントン女史にでも頼んでみるよ。ところでお前、デジタル・カメラを持ってきたか? もし持ってきているなら全ての絵を撮って、すぐこちらへ転送しろ。持っていなければ、どこかで借りてでも撮れ。それが最低条件だ。いやー、宗像、お前は人使いの荒い奴だ」
「写真は既に撮ってあるよ!」
宗像は言葉を返した。
※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商