玲子は、半ば呆れ、半ば感心して言った。
「本当に、田んぼが好きなんだな。確か、田んぼを守る妖怪がいたな。その生まれ変わりじゃないのか」

妖怪と言われ、一瞬きょとんとした葉子だが、すぐにはにかみながら微笑んだ。
その嬉しそうな様子を見て、玲子は少しだけ、葉子が羨ましくなった。

そこに登場して来たのが、蛸と里芋。鈍い灰色に、白い絵柄が入った三島焼という器に盛られている。

「明石の蛸と、丹波の里芋を出汁で炊いてみました。お酒は、静岡の純米大吟醸『生酛誉富士』(きもとほまれふじ)。熱燗してみました」

酒器は、青灰色の円筒形。少し歪んだ形で、側面の浅い凹凸に指がしっくりとはまり、握ると心地いい。淡く細い線で、茶色の鳥が画いてあった。

「絵唐津のぐい呑みで、女性作家さんが、登り窯で焼いた作品です」

燗なのに、淡く爽やかな香り、キリリとしたキレ味が鋭い。口当りよく、蛸と里芋の香りにも、よく合う。交互に口に運ぶと、杯と箸がスルスル進む。

「これは、誉富士という米の酒です。山田錦にガンマ線を照射して作り出したお米なんですよ」

葉子の解説に、玲子は少し驚いた。
「放射線による突然変異種だと?! 山田錦の」
「背の高い山田錦を、栽培しやすいよう、低く改良したんです。静岡で」
「なるほど。だが、この燗酒も、うまいな。こういう日本酒の評価は、なんで決まるのだ?」

「一つは、コンテストですね。いろんなのがありますが、中でも権威が高いのが、国税庁主催の全国新酒鑑評会です。できたての新酒だけを点数付けして、入賞と金賞が決定されます」

「インターナショナルワインチャレンジの日本酒部門っていうのもあるんだ」

葉子の説明に続けて、トオルも口を挟んだ。
「元々、ロンドンでやってたワインのコンテストでね。十年くらい前に日本酒部門ができたんだ」

「世界一、高い酒というのは、そういうコンテストで決まるのか?」
「玲子さん、違います。オークションです」
「競売か? 入札で決まるんだな」
「そういうことです。パリ・オークションとニューヨークコレクションが有名ですね」