何者かによって貴重な山田錦の田んぼに除草剤が撒かれ、500万円の身代金を要求する脅迫電話がかかってきた事件。蔵元内には調査本部が設置され、調査が進められていた……。
この蔵の事情も、なかなか複雑そうだ。
しばらくの間、力強い手で、背中を擦ってもらった。そのうちに、潮が引いて行くように、心の波が収まってきた。徐々に感覚が戻るに連れ、頭がガンガンし始め、喉元に吐き気が上がってきた。
「なぜ?」
こんなに、気持ち悪いのか、口から質問が突いて出た。
「トミータさんが、助けてくれたんだよ」
タミ子が身体をズラすと、部屋の隅に座っている富井田課長が見えた。病院の物らしいパジャマ姿。サッと立ち上がって、葉子の顔をのぞきに来た。
「ヨーコさん、気づきましたか。良かったぁ。安心しましたぁ」
「川に飛び込んで、助けてくれたんだってさ。救急車も手配してくれて、付き添ってここまで来てくれたんだよ」
「いやあ、スーツがびしょ濡れなんで、いま乾燥機の中。乾くまで、この姿なんですよ。ここのパジャマ貸してもらいました。化繊のスーツなんで、縮んじゃわないといいんですけどね」
富井田課長の丸い体が、つんつるてんのパジャマから、はち切れそうだ。それを示して、明るく笑う。
「たまたま、夜道を通りかかったら、ヨーコさんが橋の上でダンス踊ってたでしょ。なんか危なっかしいなって思ってたら、見る間に欄干越えて、川に落ちちゃって。ビックリしましたよ。それで、こりゃあかんと思って、慌てて川に駆け降りたってわけです」
「ええっ~、すみません。すみません」
葉子は、米つきバッタのように、何度も痛む頭を下げた。富井田課長、かえって恐縮したらしい。
「ヨーコさん。どうか、そんなに気にしないで下さい。こんなのお安い御用ですよ。全然、たいしたことじゃ、ありません。当たり前のことしただけですから」