何者かによって貴重な山田錦の田んぼに除草剤が撒かれ、500万円の身代金を要求する脅迫電話がかかってきた事件。蔵元内には調査本部が設置され、調査が進められていた……。

この蔵の事情も、なかなか複雑そうだ。

「脱法ライスは、稲に人為的にカンビナイトを作らせた改良種だ。遺伝子操作で改良している。何種かあるうち、今の主流は紫色のオシベをつけるディープパープル。籾裏も同じ色。実を食すと、極めて中毒性が高い。そして反収も高い。つまり儲かる。一見すると普通の稲で、見た目ではほとんど区別ができない。播磨市内で、かなり栽培されているようだが、この田んぼの波の中で、ディープパープルの稲を探すのは、砂漠で砂粒を探すのと一緒だ。木を隠すなら、森の中へ。育種家(タネヤ)は、極めて頭がいい」
「育種家?」
「遺伝子操作で、脱法ライス稲を作り出した張本人。名前も顔も、年齢性別も不明。一説によると中国系。それも本当かどうかは、わからん。このエリアに潜伏しているという噂があって、赴任して来たんだが。全く、尻尾を出さないどころか、影も踏ませない」
「今回の田んぼの脅迫に、そいつが関わってるってことかい?」

トオルが、珍しく真剣な眼差しをしている。

「どうかな。今のところ、何も関係は見えない。目立つ事件だから、ひょっとして何か関連でもあるかと、首を突っ込んでみたんだが。無駄足だったかも知れん」