「ええ、それはフェラーラの絵にとって、全体構成を的確に表現する必要不可欠なものだと、私は思っていますから。しかし、この絵にはそれが見当たりません。ですから凄く上手な絵だとは思いますが、多少奥深さと言いますか、幾分物足りなさを感じやしませんか? それにコラージュですが、花は描かれていますが、幾何学的な細密画もありません。それに、もっと分かりやすいことが……」
「まあ何でしょう?」
「フェラーラが今まで描いた二十六点の女性の肖像画ですが、背景はすべて赤色なのです。でもこの絵は青色ですね。これも今までの絵とは違うのです」
宗像が解説しているとき、ロドア画廊の店主が、何かを抱えながら再び店内に入ってきた。
「お話し中ですがその絵に大変ご興味がおありのようですね。それではこれもご覧ください。この三枚の油絵です。女性の肖像画と一緒に、この三枚の絵も持ち込まれましてね。ええそうです、非常に腕の良い画家の作品と評価させていただきました。
お値段もまあまあでしたので、まとめて四枚全部を買い取らせていただいた次第でして。ほら、ご覧ください。肖像画の方はサインがございませんが、こちらにはサインがあります。ここに三枚とも、そら、A・ハウエルと。
肖像画にはサインがありませんので、サインを比べるわけにはまいりませんが、私共が拝見させていただいた限りでは、これらは全て同じ作家の作品ですね。絶対に保証しますよ」
※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商