参─嘉靖十五年、宮中へ転属となり、嘉靖帝廃佛(はいぶつ)の詔を発するの事
(1)
初雪が舞う朝、田閔(ティエンミン)が、湯麵(しるそば)をたべにやって来た。
「おぬしに、たのみがある」
田閔(ティエンミン)が、麵をズルズルやりながら言う。
「なんだ」
「いぜん、わしの菜戸(さいこ)が、宦官のかっこうをして、ここへ来たことがあったろう」
「ああ、楊金英(ヤンジンイン)といったっけ」
「おぼえていたか。あの子が、急に、天文を習いたいと言い出してな」
「……そりゃまた、どうした風の吹きまわしだ?」
「わからん。あいつは、ときおり突拍子もないことをやりはじめて、周囲を驚かすくせがある。最近は、それがしの顔を見れば、天文にくわしい人を紹介してくれと言うんだが、ざんねん乍(なが)ら、知人にそういう人はない。誰か、心当たりはないか?」
「なくはないが……」
浮かんだのは、曇明(タンミン)師である。大千佛寺で養生させてもらったとき、しばしば、天文の運行こそ、人事をうつし出す鑑(かがみ)である、と言うのをきいた。
「まことか? ぜひ、紹介してやってくれないか?」
「たのんではみるが、教えてくれるかどうかは、わからんぞ。天文はむずかしくて、僧侶でも、投げ出すのが多いというからな」
「うん、いちおう口をきいてくれれば、それで十分だ。ことわられたら、本人もあきらめるだろう」