第Ⅰ部 医療経営戦略
第2章 医療におけるマーケティング戦略
顧客維持型のマーケティング戦略
2.リレイションシップ・マーケティング
リレイションシップ・マーケティング(relationship marketing)とは、改めて既存顧客との関係を深め、維持・深耕していこうとする新しいマーケティングの概念です。既存顧客の満足度を上げ、いかに自社のファンになってもらい離反を減少させるかが、現在のビジネスでは非常に重要な課題で、医療機関も同様です。
医療機関におけるリレイションシップ・マーケティングとは、あらゆるステークホルダー(患者、職員、連携医療機関、製薬企業、流通企業、地域社会など)の満足度を高め、信頼関係を築き、長期に継続可能なリレーションシップを構築することです。
供給過剰、医療ニーズの多様化、人口動態の急激な変化(少子高齢化)、医療過誤問題の増大やそれに伴う情報開示の高まり、といった要因もあり、医療機関が顧客と良好なリレーションシップを構築していくことはより重要性を増しています。
近年顧客のライフタイムバリュー(life time value:LTV)といった考えが登場しています。医療で言うと、保険点数5000点の患者が2か月に1回、年6回来院すると年30万円の収益、40年通い続ければLTVは1200万円となります。
トヨタの営業スタッフなどはたとえ短期的には新規の自動車購入の見込めない顧客と認識していても、コンスタントに顧客と接触します。それによって、自動車購入以外に、車検や修理、クレジットカード、保険などで収益を上げることができます。
これはリレイションシップ・マーケティングの典型例と考えられます。病院の場合も、肥満、糖尿病、高血圧などの生活習慣病を有する患者とのリレーションシップを維持することでLTVを期待できるかもしれません。それでは病院においてリレイションシップ・マーケティングが重要な理由は何でしょうか?
第一に、口コミによって集客が望める点があります。B型肝炎の患者さんで3世代にわたって診察している人がいましたが、おばあちゃんの診察を契機に娘さん、お孫さんと診察させていただくことになりました。
第二に、病院という特性から、年齢、性別、住所、生年月日などの顧客情報が集めやすいという利点があります。家族構成、アルコールやたばこなどの嗜好歴、最終月経、性行為歴まで堂々と聴取できるのは病院だけです。
第三に、医療の品質判断が困難であることもリレイションシップ・マーケティングが重要となる根拠です。病院間の医療の本質的価値を比較した科学的データはありません。
ISO9001認証や日本医療機能評価機構の病院機能評価を受審するのも、見方を変えると医療の本質的価値を評価するシステムがないことが原因ですし、これらの評価システムもあくまで構造面(ストラクチャー)やプロセスに対する評価であり、患者生存率や患者QOLなどの医療の本質的なアウトカムを評価したものではありません。
したがって建物やアメニティなどの物理的要素やスタッフの接遇が品質に影響します。