第2章 医師法第21条(異状死体等の届出義務)条文の歴史的経緯

(1)医師法第21条の歴史と異状死体の意味するもの

東京都立広尾病院事件の最高裁判決

最高裁は二〇〇四年、東京高裁判決を受け、「(1)医師法第21条にいう死体の「検案」とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい、当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わない。(2)死体を検案して異状を認めた医師は、自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも、医師法第21条の届出義務を負うとすることは、憲法第38条1項に違反しない」と述べている。

言うまでもないが、最高裁判決は東京高裁判決を容認したものであり、判決の主旨は(1)部分である。検案を死体の外表を検査することとの限定解釈を前提に、憲法違反を回避し、(2)部分で「異状死体等があったことのみの届出」であることから医師法第21条が憲法違反ではないと判示したのである。

厚労省見解と判例

二〇〇〇年代に入り、「医療崩壊」と言われるようになった原因の一つは医療訴訟の増加と警察の介入であった。日本法医学会異状死ガイドラインがバイブルのように喧伝され、医療現場は混乱した。

筆者らは、法医学会異状死ガイドラインは一学会の見解に過ぎず、医療崩壊に至った原因は、一九九五年(平成七年)に厚労省が死亡診断書記入マニュアルに「法医学会ガイドライン参考」の文字を入れ、行政との一体性を思わせたことと、二〇〇〇年(平成十二年)に厚労省が、医療過誤は警察に届出を行うよう記した「リスクマネージメントマニュアル作成指針」を出したことにあると述べて来た。

医療事故調査制度論議に際し、厚労省は、死亡診断書(死体検案書)記入マニュアルから「法医学会ガイドライン参考」の文字を削除するとともに、「リスクマネージメントマニュアル作成指針」通知を失効させた。

このように、厚労省が過去の問題点を修正したことにより、医療事故調査制度創設に至ったのである。

医療事故調査制度と医師法第21条は別物といいながら、表裏一体と述べているのは、このように、医療事故調査制度創設の経緯で、厚労省が、障害となっていた死亡診断書(死体検案書)記入マニュアルとリスクマネージメントマニュアル作成指針の問題点を修正し、かつ、医師法第21条の解釈を『外表異状』と容認したことにより、議論が一気に進んで、制度創設に至ったからである。

田原医事課長発言、田村厚労大臣答弁とリスクマネージメントマニュアル作成指針の失効リスクマネージメントマニュアル作成指針は、厚労省医政局医事課の田原克志医事課長が二〇一二年に、本通達は国立病院宛ての通達であり、民間病院は対象外である旨を明言し、その後、国立病院が独法化されたことにより失効している(平成二十七年七月三日、日本産婦人科協会宛て厚労省医政局医療経営支援課回答)。

医師法第21条に関して、田村厚労大臣答弁も田原医事課長発言も、「厚労省は診療関連死の届出を想定していない。死体の外表を検査し、異状があると医師が判断した場合に届け出る」と述べており、これは二〇一九年(平成三十一年)三月十三日、十四日の衆参両議院厚労委員会質問や四月二十四日付けの「『医師による異状死体の届出の徹底について』(平成三十一年二月八日付け医政医発0208第3号厚生労働省医政局医事課長通知)に関する質疑応答集(Q&A)について」、平成三十一年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル追補版等で再度確認されている。