かたわらには、ふたりの宦官が従っていた。ひとりは屋台にやって来た、若い、美貌の宦官である。もうひとりは眉と眉のあいだに、たてじわのくっきりと刻まれた、はじめて見る顔であった。

皇后として坤寧宮(こんねいきゅう)にあったころには、もっと多くの宦官にかしずかれていただろうに、いま、そばに仕えているのは、わずかに二人である。

かまどで火をつかう間、たてじわの宦官が、背後で目を光らせていた。
麵をどんぶりに盛ろうとすると、彼は、そまつな土器(かわらけ)をさし出した。

「おなじものを、まず、これへ」

湯(スープ)をそそぐなり、麵を口へはこぶ。

「うむ、これは、うまい。孟朗(マンラン)の言っていたとおりだな」
「おそれ入ります」

これは、毒味なのだ。

「市井に、こんな美味があるのなら、もっとはやく招いておけばよかった。今となっては、手おくれだがな」

いよいよ、張(チャン)前后の前に、どんぶりがはこばれた。
すらりとした白い指が、箸をとった。
はふ、はふ、ズルズル。

つつしみ深い淑女でも、麵のすすり方は、一般人とかわらない。そのことに、一抹のおかしみを感じた。

「こんなにあたたかい麵はひさしぶり……皇太后さまに、感謝いたします……」

蠟人形のようだった張(チャン)前后の頰に、紅がさしている。

「とっても、おいしかったわ」
「おそれ入ります。皇后さまも、ご機嫌うるわしゅう」

受けこたえにあたったのは、湯(タン)師兄である。私は、だまって立っているだけだった。帰りぎわ、毒味をした宦官が話しかけて来たときも、発言はゆるされなかった。

「ご苦労であった。われらが主子も、よろこんでおられた」
「光栄であります」

「われらの宮には、尚膳監(しょうぜんかん)から料理がはこばれて来るものの、はこばれて来るあいだに、冷めきってしまうのだ。寒い日など、ふたをあけたら、凍っていたこともあった。ほかの宮では、べつに料理人をやとうなどして、あたたかい料理をつくらせているのだが、われらには、それが禁じられている。今回は、主子をあわれんだ皇太后さまが、あたたかい料理をたべさせようと、気をきかせてくださったのだ」

「そうでありましたか」
めずらしく、湯(タン)師兄の顔が、含羞をふくんだ。

どうして湯(タン)師兄がついて来たのか、ようやく合点がいった。王暢(ワンチャン)の麵をダシにして、より宮廷の奥にとり入る方策はないか、さぐろうというこんたんであろう。

帰り道も、二人、無言のまま、長い道のりを歩いた。ふたたび、宝林館の前を通ったが、やはり、紹介の弁は、聞かれなかった。