その時の二人は完全に心が折れていた。しかし、疲れ切った体では立ち去ることもできなかった。その時、二人は不思議な体験をする。
体が芯から冷えて意識も朦朧としている状態で真っ暗闇の中、何かに包まれているような感覚があった。その空間は、雪洞(ぼんぼり)の明かりのように薄白く光っていた。
そして、その光の中心部に父ちゃんと母ちゃんが満面の笑みで立っていた。それは私たちが小さい頃、こんないい一日一善をしたと自慢げに披露した時の両親の顔だった。
『父ちゃん! 母ちゃん!』
二人はただ笑っていた。この世の幸せを二人占めしているかのような笑顔だった。もう一度あの笑顔を見たい、何をおいても。
渚と光輝の瞳に再び強い光が宿った。ゆっくり立ち上がると、一歩一歩確かめるように歩き出した。九十三回、九十四回、九十五回……。
白い父ちゃんと母ちゃんの笑顔は消えない。光輝の記憶はまた楽しかった日々に戻る。
年一回の焼き肉食い放題で育てていた肉を食った、食わないで喧嘩したのは母ちゃんとだったこと。人生ゲームで一番財産がなかったのを悔しがり二回も再ゲームしたのは父ちゃんだったこと。九十六回、九十七回、九十八回。体は限界を超えているのに心は楽しかった記憶であふれ、笑っていた。
父ちゃん、母ちゃん、大丈夫だ、きっと助かる! 助けてみせる!! 九十九回、百回!! 二人は神社の鳥居に倒れ込んだ。素足はマメが破れて血が噴き出していた。
「やった、やった! やってやった!!」
日頃、冷めた態度が多い光輝だが荒い息づかいの中で興奮して絶叫していた。渚は過呼吸で咳き込みながら泣いていた。
そういえば、白い父ちゃんと母ちゃんはどうしただろう。見上げると二人の姿はなく、漆黒の皿倉山の向こうが微かに明るくなりかけていた。
二人は、山々からあふれてくる光を黙って見つめていた。体は疲れ切っているのに心は覚醒していた。
「家に帰ってお風呂に入ろう、そして病院へ行こう」
「うん」
これで、両親は助かると信じていた。
二人は身支度を調えると早朝の病院へ向かった。ガラス越しに父・善行が見えた。
エクモにつながれている父は昔ビデオで見た人造人間に見えた。その横に心電図の音が定期的に鳴っている。パネルやらパイプが幾本も並ぶ。
先生はニコリともせず告げた。
「お父様は非常に危険な状態です。呼びたい方があれば連絡してください」