【前回の記事を読む】本能寺にいるはずの織田信長が、消えた――襲撃直前、1万3000の兵を率いる明智光秀に届いた“上様”目撃の報せとは……
序
光秀の目は偏執者のそれの様に宙を見据え、その中にはいつもの怜利な光はなかった。
「殿、その様な事をしたとて」
(何になりましょう)と利三は言いたかった。
「それじゃ。我等が後から遅れて着陣したとて、『ヤレ、光秀、遅参(ちさん)遅参』と揶揄(やゆ)でもする意図であろう。うむ、そうじゃ」
思い詰めた表情の光秀には、信長の行動を客観的に推測する事が出来ず、自分との関係だけで考えていることに気付いていない。
利三や重臣達は互いに目くばせし、光秀を正気に戻す時を稼ぐ為に物見の知らせを待つように促した。
「無用じゃ」
光秀は自分自身を満足させる理由を得た事で、信長は本能寺に居ないと確信した。
この戦国期、武将にとって主人を絶対視する儒教的精神構造はない。自分で、より強い者を選び、より理に適う判断力を持たなければ生き残れない時代である。もし選択を誤れば自滅しかない。
この時代を生き抜いてきた利三達には、光秀の錯誤を正し、諌(いさ)め、押しとどめる事は可能であったろう。しかし彼等の心の奥底では、光秀の誤った結論によって、謀反の加担者を免れる事ができる安堵感があった。だから、光秀の命令は実行された。
「これより西国に向かう」
月のない夜であった。
「上様に急ぎ備中の様子をお報せせねばならぬ。馬を責めよ」
松明(たいまつ)を持って足早(あしばや)に道を先導する徒歩の若者の後を、森乱丸の弟、坊丸(ぼうまる)率いる信長の小姓衆が騎馬で進む。
昨日の信長は、朝廷工作が不首尾に終ったことに苛立っていた。武田攻めからの凱旋後、朝廷より征夷大将軍の推任があった。信長に受ける気はない。
──自分の権力は、朝廷から授けられる権威を必要とするほど弱いものではない。
という自負がある。むしろ正親町(おおぎまち)天皇を譲位させる事で、信長の権威を朝廷に対し優越させる事を目論んでいた。が、目論見通りにはいかない。
公家を相手の煮えきらない交渉が、彼の苛立ちの原因であった。
この時、信長は部屋の隅に死神を見た。他の人には存在しない、所謂(いわゆる)幻覚であるが、彼にとっては若年より馴染みのものであった。