父には現代に近づいた頃でも、そんな感覚が残っていたのか、ある日の早朝で外はまだ暗かったのですが、目が覚めてしまった私は階下へ下り、雨戸を開けようとすると、ベッドの中で目をあけていた父が「まだ開けるな、魔が入る」と言うのです。(魔?)変には思いましたが、雨戸はそのまま明るくなるまで開けませんでした。
“逢魔が時”という不思議な言葉があります。「夕方、薄暗くなっていく中、一時(いっとき)パァ~っと昼の光が戻ってきたように射し込む時があり、この時間帯は短いのですが、一日の仕事の疲れが出て油断となり、泥棒に入られたりケガをする事がある」と。
現代でも“逢魔が時”は雨や曇りでない限り毎日、そんな現象が見られます。夕暮れ近くになり、陽が射し込むと私はつい(“逢魔が時”だな)と思ってしまいます。やはり目には見えないけれど、“魔”というモノに昔から人々は何かを感じていたようです。
不思議な世界や説明のつかぬ奇妙な事ってあると思います。
実は私も不思議な体験をした事があります。
夫を失って四ヶ月程した頃でした。
夜勤明けの私は朝、帰宅し、居間に入ると、主人の大好きな演歌の帝王であるベテラン歌手さんの曲が大音響で流れていたのです。
前日、仕事に出る時は、火の元、戸締りを確認してから出かけるのですからCDがオンになっているハズはありません。
(エエッー?!)っと思いましたが、怖さなどは少しも感じず、とっさに(やっぱり、そばに居るのね)と嬉しくなりました。そこで(乾杯しよう!!)とビールを出し、とりあえず天井の方へグラスを向け乾杯したのです。
そしてひと月ほどすると、その朝と同じ事が、又、帰宅すると曲が大きく響いていたのです。この世では解明できない世界がもしかしたらあるかもと思っていましたが、もう完璧に(あの世は、ある!)の確信となりました。
友人に話すと「気持ち悪い」とか「怖い」の反応でした。ただ禅宗の御坊さんに話すと「そばで見守って下さっていると考えてよろしいんじゃないですか」と言って下さいました。
死んだら、この謎は案外、あたり前に解けるかもしれませんが、こちらの人に何かを伝えるのには、大変なパワーがいるそうでその後は何も起きていませんが、いつの日か会えるのを信じて生きています。その方が心、豊かに暮らせますものね。
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