結局構想から実現までに半年以上かかりましたが、お客様の目の前で高温の藁の炎で炙りまだ温かい鰹を切って出すというスタイルにしたところ、お客様が行列しても注文してくださるようになってきました。自分の思いが形になり実現した時の喜びは同時に私の自信にもなりました。
店頭での藁焼きたたきを始めた後も焼きの温度や藁の投入量、タイミングと切り方などにこだわり工夫を続けていきました。炎が人の背丈以上になり温度は千度くらいまで一気に上げて焼かないと美味しいたたきにはなりません。藁をケチって形だけ藁焼き風を装っても炎が弱かったり焼きの温度が低いと香りも付かずダメです。
明神丸では藁焼きに関して一定の基準を設けていて、県外で採用した場合も藁焼きをする社員は必ず高知の本社に来て専門職人の指導の下に焼きと切りの技術を身に付けてもらい、合格後に初めて焼けるようになります。
自分が源泉
会社や誰かが助けてくれたり何とかしてくれるのが当たり前ではなく、どんな環境でも文句や言い訳を考える前に自分に何が出来るのか、どうしたら出来るのかを常に考えることが日常化される思考になったのも、全ては逆境のおかげだと思います。苦労は買ってでもしなさいとよく梅ばあちゃんが言っていました。
店の立ち上げから軌道に乗せるまでの三年間は人を採用するどころではなく、社員は私一人でやってきましたが、今思えばよくやれたなと我ながら感心します。
高校を中退し飲食店経験ゼロで商売経験もゼロ、28歳まで漁師経験しかない何のとりえもない店長社員一人とパートとアルバイトで始めた事業を、今振り返ればずいぶん反発もしましたが明神水産という後ろだてがあったからこそ出来たことでとても感謝しています。
それでも奇跡のようなラッキーが重なり今のような高知県で有名なひろめ市場一番の大繁盛店になり、そしてひろめ市場店以外に店舗を構え、県外にも複数店舗が出せるなんて想像もしていなかったことになっています。当時の立ち上げから数年にわたり協力してくれたパートさんアルバイトさんには右も左もわからない店長についてきてくれて本当に感謝しています。
そしてわかったことは、私は暗記する勉強は苦手でしたが、物事の本質について〝なぜ、なぜ〟と追求して納得するまで解き明かしていくことに喜びを感じる性格だということでした。
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高校は中退し、履歴書には「中卒」としか書けなかった私…漁師の仕事も務まらず、行き当たりばったりだった人生を変えたのは…
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ゴールドライフオンライン(GLO)編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp