【前回の記事を読む】「わたしのことは探さないで」卒業前に姿を消した友人が、最後まで明かさなかった“本当の故郷”とは
空蝉(うつせみ)の像
加奈子が香織に再会したのは、その日から二十六年後。加奈子が四十八歳の誕生日を迎えた二月十五日のよく晴れた日の朝、仕事の関係で訪れた京都太秦にある広隆寺の霊宝殿の中だった。
その時、弥勒菩薩(みろくぼさつ)半跏(はんか)思惟像(しゆいぞう)の前には、瞑想に耽(ふけ)っているかのようなもう一体の思惟像があった。しかし、その像は、生きていた。その証拠に、その形の良い口許からは白い息に混じって微かな読経の声が漏れていた。
加奈子がその思惟像を香織と認めるまでには、かなりの時間を要した。
彼女の姿には、二十六年の歳月のせいばかりとは思えないどこかこの世の人とは思えない異様な存在感が漂っていた。そして、その姿があまりにも目の前の弥勒菩薩に酷似していることが、加奈子をさらに不安にさせた。その不安を断ち切るかのように、加奈子は香織に違いない思惟像に向かって叫んだ。
「香織! ねえー、あなたでしょう?」
「……?」
「わたしよ、か、な、こ!」
「お人違いでは?」
「いいえ、あなたは香織よ! 間違いないわ」
「わたしは、かおりとかいう名前ではありませんけど」
「嘘、わたしには分かるの。なぜそんな、嘘をつくの」
「嘘ではありません。ほんとに、わたし、あなたのことはまったく存じ上げておりません」
香織の言葉には確かに嘘は感じられなかった。加奈子の不安はいっそう募った。肝心の本人が加奈子のことをまったく覚えていない様子なのである。しかし、それでも、目の前にいるこの女性が香織に間違いないという確信は崩れようもなかった。
最後に別れた日から二十六年の時が過ぎ、それなりの年輪がお互いの顔に刻み込まれてはいても、他人と見誤るほどの変化ではない。声の感じも昔の香織とほとんど変わっていない。