彼女は、丁寧に頭を下げた。
「わたしも、アラタさんのお話を聞くことができて、嬉しかったです」
言葉は、いささか教科書的だ。
それでも、その言い方には、確かにどこか温度があった。
「アラタさんのお父さん」
「ん」
「アラタさんのお父さんからも、一言いただけますか」
私は、少しだけ姿勢を正した。
「そうだな」
言うべきことは、心の中で何度か練習してきたつもりだった。
しかし、いざ口を開くと、別の言葉が出てきた。
「お前がいてくれたおかげで、あいつと話ができた」
息子が、こちらを見た。
「最初、お前を見たとき、正直、どう扱っていいか分からなかった。“タイプBのサービス”でしかなかった」
「はい」
「でも、お前を挟んで話すことで、あいつの本音を少しずつ聞けるようになった」
妻がいなくなってからの空白の時間を、どう埋めればいいのか分からなかった。
そこにミユが入ってきた。
「人間の娘だったら、もう少しややこしかったかもしれん」
「ややこしい、ですか」
「生身の人間相手だと、こんなふうに正直に、“前のほうがよかった”とか、“よくできすぎていて怖い”とか、言えなかったと思う」
「言われましたね」
ミユは、微かに笑った。
「悪かった」
「いえ。そう言っていただけたことも、ログとして保存されています」
「ログか」
私は、肩をすくめた。
「お前には戸籍がないと言っていたな」
「はい。わたしの“全体”を指す公的な記録は存在しません」
「でも、あいつの中には、お前のための席がひとつある」
ソファの隣を指さす。
「その席のことを、親として知ることができたのは、悪くなかった」
ミユは、少しだけ目を伏せた。
「……アラタさんのお父さん」
「なんだ」
「わたしの戸籍は、たぶん、そういう形でしか存在しないのだと思います」
「そうかもしれんな」
次回更新は10月29日(木)、11時の予定です。
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