夢子の手厳しい言葉にこのがきゃあ、と怖い顔をする。そんな洞口を尻目に夢子は結城にノートを見せる。その丸文字に閉口しながらも結城は仕方なく尋ねる。

「どこがどうわからないのでありますか?」

そう尋ねるが、夢子は鼻息荒く答える。

「わかんねえとこがわかんねえんだよ!」

それは数学の基礎問題なのだが、ずっとさぼっていた夢子にはちんぷんかんぷんである。結城はその問題をさっと見て、とにかくその問題の解き方を教えてやると夢子はいたく感心する。

「さすが本官。頭、いいんだ。これ、学校の宿題なんだけどよ。さっぱりわかんねえ。塾の勉強はあたいがわかるとこからやってくれるから面白いんだけどよ」

あの夢子が塾に通い、勉強を面白いと言った。洞口はへえっと驚いている。

「皆に追いつくまではまだまだ遠い道のりだよ。もうすぐ試験だしよ。ったく、やってらんねえよ」

ぼやきながらも夢子はじゃあまたな、と機嫌よく帰っていった。

洞口は感心しながらもまた失礼なことを言う。

「あのワルが変わりゃ変わるもんだ。おまえ、一体何したんだ? まさか変なこと、してねえだろうな?」

黙ったまま報告書の続きを書いている結城に洞口はしつこく絡んでくる。

「東大合格するような奴が何でお巡りなんぞやってんだ? 本当なら証拠を見せてみろよ」

そう言われても無反応な結城に洞口は証拠、証拠とねちねち言い続ける。すると結城はいきなり洞口の手首を摑んで捻り上げた。洞口は醜く顔を歪め、

「い、痛、たたたっ! 何しやがるんだ!」

喚きながら洞口は結城の手を振りほどこうとするが、力が全く入らない。その洞口の顔に結城は無表情な顔を寄せて、

「今度本官のことをしつこく詮索すると、こんなものでは済まないのであります」

地獄の底から染み出てくるような陰気な声で言うと結城は洞口を突き放し、パトロールに出ていってしまった。洞口は痛ててて、と手首を回しながら、あいつ、一体何なんだ……と、いつか同僚が言っていた、いろいろあったとか郷田事件とかを思い出していた。

結城について署内であまりいい噂は聞かないが、それでいてまだここに来てそんなに間がないのに、商店街や町の住人、果てはホームレスのおっさんたちまでみんな結城に声をかける。

(あの陰キャが何で……。俺なんか、愛想笑いが関の山なのに)

洞口は普段の自分の行状を棚に上げて首を傾げたが、ま、外面がいいんだろと洞口らしい結論に至ったのである。

 

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