父の死の間際に、本当の父親と娘の関係になれたように私は思いますが、結局、人生に対する価値観や感じ方は共有できないままでした。ここまで遠回りしてしまったのは、親子だからこそ感情むき出しの対立があり、お互いの価値観がぶつかり合ったからにほかなりません。
私が文章を書く理由は、誰かとつながりたいからです。そして、生きているのが自分一人ではないと信じたいからです。そう考えるのは、父との不本意で残念な関係があったからでしょう。
どんなメディアでも、そのときどきで感じたことを発信して、通じ合える人とコミュニケーションを取りたいのです。共感も否定も両方あっていいのです。そして、ともすると道を外れそうになる自分を、軌道修正しているのです。
なにかを思いつくと、誰かにいわずにはいられないのは、私の長所であり欠点でした。私は母に、父を殺したいと告白したことがあります。母には、
「あの人のほうがお前より絶対力が強いから、反対にやられてしまう」
といわれ、
「祖父が偉大な僧侶である家で殺人事件が起きたらどんなことになるか」
と、懇々と諭されました。一時の激情に駆られて、浅はかなことを実行しないで、本当によかったと思います。
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死ぬほどの虐待は受けていない。でも父の暴力は狡猾だった。叩けば自分の手が痛くなるから、必ず服の上から強くつねってきて…
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