五月三日(土)
空虚は変わらないが、涙は底を尽いたように思える。だが猫さんと似た猫の画像や動画を探す事に没頭している。似ている猫でも良いから会いたいのだろうか? それは姿形が似ているだけで、うちの猫さんじゃないというのに。
妻は過去の猫さんの動画をひたすら観ているようだ。妻は猫さんが最期を迎えるという現実を気づくのが遅かった分、まだ涙のピークの真っ盛りだ。
あれほど警告していたのにどうして現実から目を背けたと、軽蔑と憐憫の入り混じった感情のまま妻を慰めるが、私とて、猫さんを助けられなかったという事実を前にしては、ただうろたえて傍観していただけという意味では同じだろう。
猫カフェにでも行こうかと提案してみるが、実行に移される事は、ない。その考えを浮かべた途端、なぜか猫さんを裏切っているような後ろめたさが私に覆い被さるのだ。
飼うつもりはないが、ペットショップを覗いてしまう。お目当ては、スクーカムという新種の男の子。上を向いた眼がどことなく失った猫さんに似ている。勝手に猫さんの名前にちなんで「ジャミー」と名前をつけて呼びかけてみるが、彼は私の寂しさを気にする風でもなく、無邪気な瞳をこちらに向けるだけ。
こんな気持ちで、ゴールデンウィークの間に立ち直れるのだろうか? きっと猫さんは立ち直る時間を作るためにGWの前半に息を引き取った。そんな気がする。
これまでも様々な奇跡を起こしてきた彼女。死ぬタイミングもその一つだったのか? もしそんな能力が本当にあるのなら、長生きに使ってくれよ、全く!
位牌代わりのメモリアルプレートを注文した。いつも身につけようと思う。彼女の肉体が失われた今、拠り所が無いのは寂し過ぎるから。