車が止まったのは、国道沿いにある平屋の和風建築の前だった。広い駐車場の向こうには海が見えた。暖簾をくぐると、割烹着を着た中年の女性が「いらっしゃい」と言って出迎えた。

中は高い天井に和紙で作った照明がぶら下がり、木目の綺麗なテーブルにオレンジ色の光を落としていた。席は座敷とテーブルに分かれていて、海が見える窓際の席は家族連れによってすでに埋まっていた。私たちは入口に近いテーブルに案内された。

あの人が言っていた通り、そこは海鮮丼が有名らしく、入口にはテレビで紹介されたときの記事が額に入れて飾ってあった。

「何にする?」

「先生は何にしますか?」

「僕は海鮮十種丼にしようかな」

「じゃあ、私も」

「好きな物食べていいんだよ」

「本当にこれがいいんです」

あの人は店員を呼び、「海鮮十種丼二つ。あと熱いお茶ください」と注文した。

すぐに湯気の立つお茶が運ばれてきた。飲むと体に熱が戻り、固くなっていた筋肉がほぐれるのがわかった。

「体、温まるね」

あの人は湯呑を両手で包むように持った。私はまたその手に触れたくなった。が、すぐにそこが誰もいない車の中ではないことを思い出した。人目があるとわかると、私は小心者に戻った。

「ところで敬語はやめようよ。あと先生って言うのも」

「じゃあ、なんて言えばいいんですか?」

「ほらまた敬語になった」

「ごめんなさい。あ、また言っちゃった」

敬語で話すのが体に染みついているため、急に止めろと言われてもできなかった。

「まあ、少しずつでいいよ」

「がんばってみます。あ、がんばるね」

「すごい無理してるでしょ」

「そんなことないです」

言ってからまた敬語になっていることに気がついた。慣れるには時間がかかりそうだった。

「先生のことはなんて呼べばいいんですか?」

「なんでもいいよ。上の名前でも下でも」

私は頭の中でそれぞれの呼び方で言ってみた。が、どれも不自然でしっくりこなかった。