すなわち、キムチを食べると、前記の方法の鑑定で、フェニルメチルアミノプロパンについてと同様の試験結果が出るというのである。そこで、各裁判で、キムチを食べたが覚せい剤は使用していないとする「キムチの抗弁」が頻出した。
大学教授の実験によって尿中から検出された覚せい剤は、100ml当たり1~0.1マイクログラム程度の微量であり、鑑定で行われている各検査法で陽性に反応することはない。しかし、実際の裁判における量はもっと多く、無罪の主張は棄却されている。
ところで、上記の量は、前記①で述べた試料量0.5マイクログラムと同程度である。すると、前記P.43で裁判所のいう「発色状況は明確に確認できた」かどうかも疑問が持たれる。
結局、反応確認限界(前記では5マイクログラム)以下では鑑定の信頼性は乏しいことになる。これは科学的知見とも合致する。
③ここで問題(命題)とするのは、覚せい剤を使用したことの「確からしさ」なのであるが、覚せい剤の成分であるフェニルメチルアミノプロパンの測定の精度つまり「詳しさ」を高めると、ねらいと違う原因で生じたフェニルメチルアミノプロパンを検出してしまうことがあるということである。
そして、体の代謝の状況によっては、この「違う原因」が生ずることがある。
結論として、「確からしさ」と「詳しさ」は本来矛盾するものではない。
そこでまず、技術の進歩による詳しさの探究が第一であるが、次に、そのことのみでは足りず、十分に詳しくはできないこと、あるいは種々の要因で、確からしさが失われるおそれにも配慮しなければならないということである。
そして、この技術の進歩は、生ずる種々の事例・問題点(例、キムチの抗弁)を解明できるレベルを目指すことによってなされる。