その十 「出さない手紙」(記録をそのままに記します)
家を出てからの心模様です。心をなくし己を責める、その時々の心のありようを記していました。心をなくしていく過程での心模様が、よくわかり凝縮されています。その時のその一節を、躊躇はありますが一部をそのまま載せます。最後に記す真実の事実です。
○平成八年二月十八日……雪。
あの事件以来、こわい(※注1)。今までにない怖さです。追っかけられている恐れ、ひしひしと感じてしまう私の心。そのようにとってしまう心、感情が湧いてきます。本当にこわいのです(勿論、私の非もあるのでしょう)。
心に突き刺さっている昭和四十九年冬の裸事件以来、次々に耐えてきたのですから……(※注2)。
もう、自分を解放してあげてもよいのではないかと心に湧いてきます。それでも、今まで恨んだことはありません。無意識にその心をも葬り去っていましたから。
母として、子供たちに、これ以上「心の傷」を与えたくないために、それを第一に考えました。
そして、自分のために、本当に私にとってあなたは大事な人なのでしょうか? あなたにとっても真に私が必要な人間なのか、少し離れて冷静に見てみたいのです。
また、母として、このままいることが務めなのかどうか。これ以上苦しめたくない。親のモデルを示してやれないばかりか、不信感を増幅させてしまう。不誠実な母はやめたい。じっと見守る母になりたいのです。
自分自身を見失っている女、そんな女が本当の妻になれるでしょうか。ただそばにいるだけ、お互いを尊重し合えないで傷つけあっている。そんな姿、今は、「もうたくさん」です。
話し合おう。そう、話し合うこと、それは大事です。今の私にはまだ話し合う、「対等」に話をできる自律した自分ではないことを知りました。あなたが仰有るように、自ら被害者意識のような心の状態、感情を生じてしまうのです。私も心が病んでいるのです。癒やす力を、時間をください。