はじめに

昭和五十五年、あるドキュメンタリー(注※)の受賞作を読んで、心に残っていました。そのシリーズの募集が平成十年の第二十回をもって最後だということを、新聞紙上で知りました。(注※読売「女性ヒューマン・ドキュメンタリー大賞」カネボウスペシャル)

第二十回のテーマは「事実(できごと)に、真実(こころ)を宿らせて」でした。「あなたでなければ語れない事実があります。あなたでなければ伝えられない真実があります。事実に真実を宿らせて、一生懸命生きている自分を語ってください。」とあったのです。

「ものを書きたい」と、酔っぱらうといつも口癖のように言う父の言葉を私は聞きながら育ちました。テーマを見た時、何か弾かれるように書きたいという想いが、体の中からほとばしりでてきて、熱に浮かされたような感情に動かされて、ただただ言葉が浮かぶが儘に、綴りました。書き終えた時の嬉しさ(ありがたいという意味合い)と歓び(内発・感情的なよろこび)、感動は今でも忘れられません。

そのドキュメンタリーを書くにあたり、基となった記録(メモ)があります。身一つで家を出たはずの私の物語なのですが、そのメモが手元にあるということが、己の心の冷たさを思わせるような気がします。

しかし、私にとっては、時々にメモは、「自分を見つめ、生き様の再確認をし、省みるためのもの」でもありました。メモを書くことによって、苦しさを「昇華(注※)」させていくことができたようにも思えます。(注※心理学・倫理における防御機能の一つ)

父が「書く」ということを、私の心の中に刻み残してくれたのでしょうか。一つは、父への感謝の気持ちであり、父へ捧げる私からのメッセージです。そして、私を支え続けてくれた子供たちへありがとうのお礼であり、なが~い長い手紙です。

それから約十年後の平成二十年、幻冬舎感動ノンフィクション大賞に応募したのでした。その原稿を基にしての今回のトライです。最も書きたいテーマは、「親と子」のことなのです。

また、人の心の本質というものに想いを深くし、あらためて、己をあたたかく、素直な心で、残された生命(いのち)を燃やし尽くしたいと祈る私の願いでもあるのです。

自分の体験は語れます。でも、本当のことは語れないと思う、語ることへのためらいもあるのです。私の家族のことです。それでも敢えて書こうと筆を執ることを決断したのです。

取り巻くご縁をいただいた多くの方々からのご支援やご指導をいただけて、いろいろな環境やご縁と関わりの中で、生きのびることができたのだと思っています。そして、人智を超え考え及ばない大きな力に出会えて、今の自分があるのですから。そのご恩に感謝して書きたい、伝えたいと思うのです。

「体験」から語られる言葉によって、人は気づくこともあるのではないでしょうか。そして、もう一度「生きようという力」に、「支えとなる一つの道標(みちしるべ)」となり得ると、私は観じているのです。

そのことは、私自身が導いてもらえたと感じているからなのです。人それぞれに顔が違うように生き方にもまた違いがあり、差別(しゃべつ)(注※)があり、生き様や体験があるでしょう。

(注※差別という意味を広辞苑で引くと、世間でいう「差をつけ取り扱う。わけ隔て。正当な理由なく不当に扱うこと」という意味がありますが、それとは別に、仏教用語でいう差別(しゃべつ)というものも出ていました。その意味には、世間一般で言う差別とは少し違う次のような意味「万物の本性が平等であるのに対して、それぞれの個物が具体的な差異をもっていること。相違・区別・分別」とあります。ここでは、その意味合いで記しました。)

その中で、私が語る体験により、たとえ一人でも何か「気づき」、一歩足を前にして歩き始めていただけるならと思うのです。

戸籍上の夫だった人、そして二人の息子たちへ。この真実は、知られたくないことでもありますから、書くことは、それぞれの人権を傷つける危うさがあります。読まれるみなさまからも、そんなことまで書くのかと、批難を受けるかもしれません。

昭和四十七年から平成八年まで、共に過ごした足掛け二十五年の歳月というものがあり、時の繫(つな)がりがあって今があるのです。これらを語らずして真実はないのですから、恐れずに書いてみたいと思います。

○どん底に苦悩に充ちた幾とせは大いなる理(ことわり)知れる力に(永久作短歌、以下同じ)

その二十五年があって、今、素直に正直に、謙虚に感謝して生きることを知ることができたのです。ただ、ありがとうございますと沸々と感謝の心が広がり湧いてきます。

出逢い『一生感動一生青春』(相田みつを文化出版局)

そのときの 出逢いが
人生を根底から変えることがある
よき出逢いを

肥料『にんげんだもの』相田みつを 角川文庫 角川書店 平成十二年初版

あのときの あの苦しみも
あのときの あの悲しみも
みんな 肥料になったんだなあ
じぶんが自分になるための

めぐりあい『にんげんだもの』相田みつを PHP研究所 平成十二年初版

あなたにめぐりあえて
ほんとうによかった
ひとりでもいい
こころからそういって
くれるひとがあれば

相田みつをさんの詩です。私がとっても大好きな詩の一つです。