「はい? 何言ってるんですか。気でも狂ったんですか。実際に山本学が頭部を銃で撃ち抜かれて死んでいるのを複数の鑑識官が確認し、司法解剖までされているんですよ。これが殺人事件じゃないって言うのなら何なんですか。まさか自殺とか言うつもりじゃないでしょうね」

「いや、彼は自殺などしていない。ところで君はその死体を自分自身で確認したのかね」

「するわけないじゃないですか。僕はそこにいなかったんだから」

「君にとって人の死とは何かね。君はどうせあれだろ。例えば君の母親に『ほら、お正月に来ていたあの親戚のおじちゃん、病気で亡くなったんだって』と言われたら、『へえ、そうなんだ』で君の中ではその人は完全に死人にされてしまうわけだ。それで次の正月にその人が家にやってきてびっくりだ。その顔を見て君の母親は大笑いというわけさ」

「いや、うちの母はそんな悪趣味な人間じゃないし」

「私が言いたいのは、君は他人から得た『あの人は死んだ』という情報だけで人の死を決定してしまっていると言いたいのだ。一般人ならもちろんそれでよいが、君も刑事の端くれならその人が本当に死んだかどうかはせめて頸動脈を触れ、呼吸を確認し、対光反射がないことを確認した上で判断すべきだ。それまで彼はあくまで『死んだと言われている』状態に過ぎない」

「何が言いたいのか全く分からないんですけど」

「だからそう言ったではないか。君には到底理解できないと。まあよい。明日、所轄のY警察署の捜査本部で捜査会議があるから我々もそこに出席して私の考えが正しいかどうか確かめようじゃないか」

「えっ、そんなことしていいんですか?」

「いいに決まっているではないか」

天蓋は不敵な笑みを口元に浮かべた。

「天蓋さん、聞いてくださいよ。高井良君、私にめちゃくちゃ残業させたんですよ。これ、逆パワハラですよね。残業代弾んでくださいよ」

翌朝、久しぶりに顔を見せた天蓋に詩がごねた。

「僕は別に強制してませんよ。それに僕のこと監視してたんですよね。係長がずっとロッカーの中に隠れていたのも秘密にしてたし」

高井良が反論した。

「だって天蓋さんに指示されたから」

「分かった、分かった。残業代のことは心配するな」

天蓋が言った。

「係長、そんなことで一々自腹切って大丈夫なんですか?」

「そんなことって何よ。私、1か月待ちで予約してたレストランを君のせいでキャンセルしたんだからね。天蓋さんなら大丈夫よ。お金持ちだし」

「えっ、そうなんですか?」

「個人情報だ。そんなこと答えるわけないだろ」

「でも警察官の給料はたかが知れてますよね。何か副業でもしてるんですか?」

「個人情報だ」

「実家がお金持ちらしいのよ。なんでも長野県の資産家だって。木曽義仲の子孫なんですよね」

「個人情報だ。うるさいな。高井良君、もうそろそろY警察署に行くぞ。用意したまえ」

「はい」

「詩、君にも頼みがある」

詩はきょとんと首を傾げた。