転機は、ある夜の閉店後に来た。

片づけを終えて、武田さんが先に2階に上がった。残ったのは渉と千春だけだった。千春はエプロンを外しながら、ふと言った。

「渉くん、最近なんか考え込んでることない?」

「そう見えますか」

「見える。仕事中、時々遠い目をしてる」

渉は少し間を置いた。

「……千春さんのことを、考えてました」

言ってから、しまった、と思った。意図して言ったわけではなかった。口が先に動いていた。

千春は動きを止めた。渉を見た。

「……私のこと?」

「はい」

沈黙が流れた。渉は視線を逸らした。余計なことを言った、と思った。これで気まずくなる。せっかく居心地のいい場所だったのに。

「どんなことを考えてたの」

千春の声は、責めるような色ではなかった。ただ、静かに聞いていた。

渉は少し迷ってから、正直に言った。

「……千春さんと一緒にいると、楽だなと思って。それがどういう意味なのか、考えてました」

「どういう意味だと思う?」

「……好きなんだと思います」

言い終わってから、渉は千春の顔を見た。千春は少し驚いた顔をしていた。でも、嫌そうな顔ではなかった。

「……渉くんって、正直だね」

「すみません、気持ち悪かったですか」

「ちがう」と千春は即座に言った。「気持ち悪くない。ただ、びっくりして」

「……そうですか」

「私も、渉くんのこと気になってた」

今度は渉が動きを止めた。

「……俺を?」

「うん。最初は、なんか抱えてそうで放っておけないな、って感じだったんだけど。一緒にいるうちに、それだけじゃなくなってきた」

渉は千春の顔を見た。千春は少し照れた顔をしていた。頬が薄く赤くなっていた。

「……俺、いろいろあって。話したら引くかもしれないことも、たくさんあって」

「聞きたい」

「本当に?」