働き始めて2年が経った頃のある夜、閉店後の片づけをしていると、武田さんが言った。

「来週からホールに女の子が入る。アルバイトだ。教えてやってくれ」

「わかりました」

「感じのいい子だぞ。福祉の仕事をしながら、副業でここに来るらしい」

渉は「そうですか」とだけ答えた。特に気にしなかった。

その翌週の夕方、開店準備をしていると、店の引き戸が開いた。

「すみません、今日からお世話になります。佐々木千春といいます」

よく通る、温かい声だった。

渉は手を止めて振り返った。

ポニーテールをして、白いシャツを着た女性が、少し緊張した顔で立っていた。渉と目が合うと、にっこりと笑った。

「よろしくお願いします」

(感じのいい人だな)

それだけだった。最初は、本当にそれだけだった。

渉はまだ、誰かに近づくつもりなど、これっぽっちもなかった。

次回更新は9月24日(木)、22時の予定です。

 

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